深夜の街灯り【怪談】
この話は、或る男が遭遇した、ロマン溢れる話か怪奇的な話か、判別の付かない話です。
怪奇現象に遭遇しやすいタイプは有るのか?奇妙な恋愛観や或る職業への向き合い方も一因?
(分量は、文庫本換算21ページ程。以下目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他の話は「本blog全記事の一覧」へ。)
「いいか、考えてみろ。
新宿駅には一日十万人の利用客がいる。歩いていると、クラスや職場や友人の紹介等にとらわれない、いろいろな女に出会える。
中には、その女の姿を見た瞬間に俺の脈は爆発的に強くなる場合も有る。いわば、俺の心臓が求める女だ。
そういう女は大抵、女の方も俺に興味が有るものだ。女の視線を見ていると、俺のことを気にしているとわかる。
そんな女に声をかけて、一時間ぐらいアルコールを飲みかわす快感は、一人の女と恋人関係を結んでいては味わえない」
俺(米津秀行・よねづひでゆき・27歳)が言うと、白壁が「その通りだ」と言って拍手をする演技をする。俺は、それに乾杯をする動作をして芋焼酎の炭酸割りを口に入れた。
笛田は、バカにするように笑ってから唐揚げを口に入れて、もごもごさせながら言った、
「下らない恋愛観だ。というより、ただのナンパじゃねえか。
しかも、お前には色男とは真逆のエピソードも多いくせに、ロマンチストのように語りやがって」と言った。
ここは、新宿歌舞伎町を外れた、古い小さなビルに有る居酒屋。窓際のテーブルにて、男三人で飲んでいた。
ロマンを抱くのも無理はない。窓の外の景色が、俺の想像力を掻き立てる。俺はまた、視線を窓の外へ。
新宿駅周辺の高層ビルたちが、地平線を覆う壁のようにそびえている。少し離れた場所に有るここからでも、ビルの頂上は見えない。数えきれない窓のそれぞれから、灯りは輝く。星のようでもある。
ああいうビルでバリバリ出世する女性に、俺が接点を持つとしたら、ナンパしかないだろう。いつかは、声をかけられたらと思う。
ただし、思いつつも、何年過ぎただろう?
笛田はそう言ってから、口に入っている唐揚げをビールで流し込んでから言う、
「ホテルまで誘えたのは二人だろ。十年で。
しかも、お前の言う心臓の求めるタイプの女には、心臓の高鳴りを悟られまいと緊張しすぎて、声をかけられてない。」
俺は反論をしつつも悩みも述べる、
「いや、心臓の求める女にだって声をかけたぞ。一人だけ喫茶店まで誘えた。
ただ、確かに声をかけにくい…。
そういう女に対しては、高級店で奢らないといけないとか、割り勘はいけないなんて、恰好つけたがってしまう。たまたま所持金が多くても、スマートに声をかけないといけないなんて思っている内にナンパの機会を逃す」。
言うと、笛田は予想通り説教を始めた、
「そうなるだろ?まともに仕事してないと、本命に声を掛けられない。それに、そんな女に声をかけると、きちんと恋愛関係を結ばないといけなくなるもんだぞ。
お前らの言う、『恋愛関係を結ばずして女を手にする』なんて下らないんだよ。
そもそも、それで手にした女なんて、大した女じゃなかったろ?」そう言って、笛田は勝ち誇った笑顔を見せた。
俺は「そんなことはないけどな」と、ボソっと抵抗した。
笛田は税務署に務めている。そして今回、結婚が決まった。人生の方向が、どんどんとまとまっている。
一方、俺と白壁は違う。白壁は、犯罪心理学者になるだのと言いながら大学院に在籍して、イカれた人間の登場するミステリー小説を書いている。
俺は、在学中に白壁に誘われて小説を書くようになって、卒業後から今まで家庭教師をしつつ小説を書いている。ちなみに俺の書く小説は、人類学研究で感じた人知の限界を、ホラー小説として描いている。
現生人類が進化した謎の霊長類が世界の秘境にいる上に怪奇の能力を有しているとか、幽霊の存在を証明した物理学者がいるとか、そんな小説だ。
何にせよ、俺も白壁も小説賞に応募し続けているが、現在のところ成果なし。
「いや、笛田は解ってない」と、白壁は切り込む。そして、ビールジョッキを置いて、反論を展開する、
「米津が本命にナンパをすることに、男の甲斐性は重要でない。おそらく米津は、今のままでも本命へのナンパに成功する。
俺が以前米津のアパートで発見をしたことと、米津に心臓の求める女と察知する能力が有ることに、重大な関連性が有ると見られる」。
白壁は熱くなる。俺は嫌な予感がする。
白壁は続ける、
「俺は大学に入って、早い内から彼女ができて、今でも付き合っている。一方で、彼女以外の女にもいくらでも興味はある。例えば、あの女だ…」。そう言って白壁は、隣のテーブルで飲んでいる二人組の女を、顎と目線で指した。俺と笛田は、ちらっと見る。
白壁は続ける、
「俺は、二人ともに興味がある。また、外を歩けばもっといろいろな女に会って、興味を持ってしまう。
そんな感じで、大学時代も今も、彼女がいながらモヤモヤしている。
そんなモヤモヤした気持ちをだ…」
白壁は話しを切って、「つらいつらい」とため息をつく。
いきなり黙ることで、俺と笛田の注目を集めようとしているらしい。俺と笛田は集中してあげる。
白壁は「エロDVDで誤魔化していた」と言う。
笛田の集中力はその一言で途切れた。「下らねえ」と言ってビールを口に運ぶ。
白壁はかまわず続ける。
「エロDVDで誤魔化す男もよくいて、あの女優、この女優、あのシチュエーション、このシチュエーション、さまざまなエロDVDを買いまくっては、置き場所に困って、どっさりと売る。俺もそう。
だが!米津のアパートに何度か行く内に、俺は驚くべきことに気が付いた!
米津は!エロDVDを売らない上に!イタズラに増えない!」、白壁は力強く言ってから、俺を見てきた。
俺は適当に眉で返事して、「『社長と妻を二人っきりにしてみた』『勇気を出して丸の内キャリアウーマンをナンパ』は、やらせくさいので売った。」と返事をした。
笛田は、枝豆を口に運びつつ、適当に聞いてあげている。
白壁はまだ続ける。
「それで、先程の話しだ。
米津は、心臓の求める女を察知する能力が有るわけだが、エロDVDが増えないことと関係しているように思う。
それは、一生ものの性欲を理解しているからだと思うのだ。
どうだ米津?心臓の求める女の顔立ち、スタイル、雰囲気等々と米津のエロDVDに出ている女性とには、共通点がないか?」
言われた俺だが、そんな気がしないでもない。そう思っていると顔に表れたのか、白壁は続ける、
「俺の予想通りのようだな。
DVDといい、心臓の求める女といい、米津は、自身の性欲を自身でよく知っている。それをそのまま相手の女性にぶつけると良いんだ、犯罪にならない程度には注意して。
確かにきちんとした恋愛は楽しい。思い出もできる。だが、就いている仕事だの、貯金だの、いろんな条件が絡んで来て、せっかく互いを欲しているのに、言い訳になってしまう。
さあ、小説家として売れていないことも大した収入のないことも忘れて堂々と、心臓の求める女に声をかけるんだ」、
白壁は言い終わって、しゃべりつくしたようにビールジョッキを飲み干した。
笛田は、枝豆を飲み込んでからあっさりと言う、「白壁、お前の言うことはすべてどうでもいい。そんなことは重要じゃない。
仮にそうだとしよう、きちんとした恋愛も結婚も下らないと言える程の男女関係が有ると。
それで、そんな男女関係を果たしてどうなる?
そんな男女関係では、現在の日本では幸せになれない。いや、だいたいの文明国で幸せになれない」
笛田はいったんビールジョッキを口に運び、間を作る。俺と白壁は集中してあげる。
笛田は真面目に言う、
「お前ら、仕事も女も腰を落ち着ける年齢だろ。ナンパとか小説家の夢とか、あと十年ぐらいすれば、もっとやることあったなあって後悔するぞ」。
「ナンパではくて、誠実な声掛けなんだけどな…」、俺はホッケの塩焼をほぐしながらボソっと反論した。
笛田は続ける、「楽しそうでいいんだけどな、お前らはいつまでも。
でも、詐欺やら色ボケには気を付けろよ。今に犯罪に巻き込まれるのも心配なんだよな」。
俺と笛田のグラスが空になっていたので、何を飲むかと白壁が聞いて来た。俺は「赤の芋」と応える。笛田も「俺も同じの」と言って、話しを続けた。
「俺の上司に、仕事が全てじゃないなんて言って適当にヒラやってて、結婚もせず風俗通いをしている男がいる。
最近に至っては、夢が有るなんて言い出した。バンドで稼ぐやら名を馳せるやらって夢だ」。
笛田がしゃべっている間に白壁は店員を呼んで、飲み物食べ物を注文する。笛田は続けている。
「その上司、最近やつれてきてんだ。誰の目にもわかるくらいに、げっそりと。異様だよ。
でも、病気って噂はないし仕事を休んでもない。独身だし、親は田舎で元気だから家庭の問題はない。仕事内容も今までと大きく変わっていない。そうなるとバンドや風俗で何かあったと、周囲は疑っている。その二つなら、疑わしいのは風俗だよな。
独身で正規雇用だから貯金はたっぷりとあるはず。弱みでも握られたか色ボケをしたかで、嬢に貢いでいるんだろうって。
そうでないなら、幽霊かな?よくあるだろ怪談なんかで、幽霊につき纏われてげっそり痩せたような。
何にせよ、お前らも不特定多数の女に声をかけるっていうのは、そういうリスクもあるってわけだから、気をつけろよ」。
笛田のことばに、俺と白壁は話半分に聞いていた。
その後も、意味のあることないこと適当に話したり突っ込みを入れたり笑ったりしている内に、いつの間にか時計は23時を指した。
本日の飲み会はお開きにした。
秋風に吹かれながら、店の前で男三人は軽く手を振り合い、其々違う方向へ歩き出した。
俺は新宿駅へと、薄暗い新宿歌舞伎町を歩いた。
2、3階建ての薄汚れた古いビルが、左右に延々と並ぶ。縦に並び横に並び、合間に狭い道を作る。十字路を作り、十字路の先でまた十字路を作って、まるで、意図的に迷路を作っているようにすら感じてしまう。
そんな迷路には、キャッチが道行く人に声を掛けている。
俺は、右に左にキャッチをよけながら歩いた。
3F建ての薄汚れた古いビルから、笑う口元のみを写した女性グループの暗い看板が、見下ろしている。
入口の暗い扉の上で、ネオンがバチバチ言っているバーも有る。
迷路に面する粗末なアルミ階段の先に、従業員通用口のような金属の扉が有って、紙とマジックペンで「ここはマッサージ店です」と張り紙が有って、街頭の薄明りにぼんやり浮かぶ。
どこまで歩いても、看板や入口玄関は誘ってくる。誘惑の途切れない街、簡単に帰路につけない街だと思った。
その時。
「すみません、あのう…」と女の声が横から聞こえてきた。俺に話しをかけるように。
キャッチの可能性もあるので、俺は立ち止まらずに目線だけ声の方へ向けた。
目を合わせたくないので、足元から徐々に視線を上げていった。ネイビーのカジュアルスーツのスカート。胸元は若干広げてセクシーに崩してあるが、勧誘とは雰囲気違い。
それから、顔へとゆっくり目線をずらした。その一瞬で、俺の心臓は高鳴った。
30半ば程の女性であり、俺より年上だけど活き活き若々しい。「天真爛漫」というか。恋愛どころか接したことすらあまりのないタイプで、一瞬で「手にしたい」という憧れのようなものを抱いてしまった。
その見知らぬ年上美女は、俺と歩く速さを合わせながら、俺と目を合わせている。声を掛けて来たのは彼女だろうと、改めて認識した。
俺は、心臓の高鳴りを知られないように「何でしょう?」と平静を装って返事をした。
「新宿駅は、どっちに行けばいいんでしょう?」。見知らぬ年上美女は聞いて来る。俺は平静を保ちつつ応えた。
「この道を真っ直ぐ行けば大通りに出ます。その大通りを越えると、石畳の商店街に出ますからそれも真っ直ぐ抜ければ、正面にデカデカと新宿駅って看板のあるビルが見えてきますよ」。
「有難うございます」なんて言いながら、見知らぬ年上美女は俺から離れようとはしなかった。
俺が様子伺いのためにチラっと見知らぬ年上美女の顔を見ると目が合い、ニコッと笑いかけてくる。俺は視線に困った。また、心臓の高鳴りにも困った。
気づかれないように静かに深呼吸して言った、「俺も新宿駅に行く途中なんで、一緒に行きます?」と。まるで、お遊戯会のセリフのようなぎこちなさだっただろう。
「有難うございます、よかった~」、と見知らぬ年上美女はほっと溜息をつきながら言った。俺のセリフ染みたしゃべり方や定まらない視線は、気にしていないようだ。
「ほら、電池切れ」。見知らぬ年上美女は画面の消えたスマホを俺に見せて来た。「道を聞こうにもキャッチや酔っ払いばかりだから、妙なことになりそうでしょ」と続けた。「ええ、確かに」俺は、適当に応えた。
それから、見知らぬ年上美女は、俺の職業だの歌舞伎町によく来るのか等適当なことを聞いて来た。俺は当たり障りのない答えをしつつ、同じ質問を見知らぬ年上美女にもした。いわゆるどうでもいい話しをしつつ歩いた。
その内に、大通りを渡って飲み屋の一角を過ぎた。そして、大きな駅ビルとそこに張り付いた「新宿駅」という看板が目に入った。
見知らぬ年上美女は看板を見て、「あれね」と言って笑いかけてくる。
それから、看板の下へとたどりつく。百八十度どこからでも人がなだれ込む金曜日遅くの新宿駅南口を、何とかして二人くぐった。
くぐっていると、人込みに押されるように、見知らぬ年上美女に触れる程接近できた。俺はまた、ドキッとしてしまった。
人の流れの穏やかな広いところまで来ると、「ここからは何線なの?」と見知らぬ年上美女は聞いて来た。
俺が「A線です」と応えると、見知らぬ年上美女は驚いた表情で言った、「同じだ」と。
それから地下通路を通り、A線の改札口へと二人で歩いた。
A線の改札口が見えてくると、見知らぬ年上美女は、「急行?各駅?私は、急行で〇〇駅ね」と俺に言う。
俺は驚いた。俺も、〇〇駅で降りる。
俺が「同じです」と言うと、「それじゃあ、一緒に乗ろ」なんてはしゃぐのだった。
それから二人で、金曜日夜中の新宿発急行電車に乗って、適当にしゃべり合った。
前後左右一歩も動けない程の満員電車で、「金曜日遅くの都心発の電車はこんなもんだ」なんてどうでもいいことを話しつつ、趣味の話しに及んだため、俺はホラー小説を書いていることも話した。
興味を引いたのか、見知らぬ年上美女は一段明るい顔つきになって、感動詞を並べる。
話しをしていると、見知らぬ年上美女の迫ってくるような黒い髪や広い肩幅等次々、今までに接したことのない女であると言えるポイントが目についた。
そのたびに、収まりかけた心臓の高鳴りは復活した。俺は心地よい息苦しさに酔いしれるようだ。
その内に、電車は地下軌道に入る音をあげだす。〇〇駅が迫っている証拠でもある。
俺は焦り出す。
目の前には憧れを抱いている美女がいる。今日は金曜日の夜遅く。このまま地下ホームから地上出口に上がって、「それじゃあお気をつけてお帰りください」なんて手を振るのは、あまりにもったいない。
誘おう。
でも、誘おうとすると、情けないことに、飲み会でしゃべった通り、おごって恰好つけたいなんて思う。でも、所持金は数千円。ATMに行っても、今月の家飲み代やらPC冷蔵庫等の壊れた時のための貯金だけ。
これじゃあ誘えない。
失礼だけど、憧れの女でないのなら、割り勘数千円で飲みに行けるところでも誘えるし、断られてもバカにされても前向きでいられるのに。
やがて電車が停車をする。○○駅に到着だ。
そして、電車のドアは開いた。俺と見知らぬ年上美女はホームに降りた。さて、タイムリミットは地上に上がるまでだ。
二人で人込みをよけながら歩いて、改札口へとエスカレーターの長い列に並んだ。
見知らぬ年上美女は、電車内で話した俺のホラー小説のことをまだしゃべっている。俺は、適当に応えたり、感想に笑ったりしていた。
そうだ。俺はナンパについて一つ思い出した。
以前、〇〇駅周辺本屋で、俺の方をちらちら見てくる年上女性に、ストレートに「焼酎の種類がたくさんある日本料理店に飲みに行きませんか?」とナンパして、成功した。彼女の顔つきから、焼酎好きに思えたからそう誘ったのだ。でも実際は、甘いカクテル好きだった。
間違っていても、失礼のないものであれば、相手への印象をストレートに述べることで、話題になる。
改めて、見知らぬ年上美女を見た。
でも、「俺の果たせていない男女関係の人」とか「性欲強そうですね」等、失礼なことばかり思い浮ぶ。これではダメだ。
着実に地上に向かうエスカレーターに、苛立ちすら覚えた。
結局、何も誘い文句を思いつかないまま、地上出口に出た。
焦りも極限に。
無策にも「飲みに行きましょうか」とだけ言おうと思った。そうすれば、断られたとしても『誘う挑戦はした』ということで、気持ちは収まりやすいだろう。
ところが、地上出口に出たところで、見知らぬ年上美女が意外な一言、「じゃあ、どこか飲みに行く?おごるよ」。
一瞬で、俺の心の霧はふっとんで、明るいものが開けた。
ただし、そうなると違う問題も出てくる。
女性から誘われて「ヤッター!おごってもらえる」というのも不格好だろう。嬉しさと世間体とない交ぜの俺は、素っ気なさを装って「まあ…それも…いいっすねぇ」とだけ応えた。「俺がおごりますよ」と言えたらなと、真剣に思った。
それから見知らぬ年上美女は「道案内のお礼ってことね。遅いけど、この時間ならいいお店を知ってるよ。こっち」と言って、歩き出す。
俺は、見知らぬ年上美女の後ろを、「これで良いのか?」と悩みつつ、ちょこちょことついて行った。
それから、見知らぬ年上美女はこちらを振り返らず歩いた。
多摩地方の都市の一つに有る○○駅。色とりどりの灯り輝く駅周辺を横切る。
少し離れた古い商店街を抜ける。
飲み屋と住宅の混ざる狭い路地を抜ける。
路地を抜けて現れた四車線程の大通りを越えて、大通りに口を広げる細い路地に入った。
住宅街らしい。俺にとっては見知らぬ土地だ。
俺は来た道を振り返る。駅周辺高層ビルも、遠くのことように、屋上警戒灯を点滅させている。
しばらく歩いていると、古いアパートや木造家屋が増えてきた。
道の両サイドには、建物が並ぶ。斜めに並んだり十字路を作ったりと、先を見通せない迷路のようだ。
街灯は、道を点々と照らす程度だ。駅から遠ざかる程に、道はどんどん暗くなっていると感じる。
細い道を抜けたところで、前方は開けた。石畳に舗装された、真っ直ぐの広い通りが、姿を現す。
どうやら、古い飲み屋街のようだ。木造戸建てや小さな古いビルの入口に、赤提灯やらネオンやら、ぼうっとした赤や青や紫の光が、闇にいろどりをもたらす。ただし、闇を追いやる程ではない。闇にぼんやり浮かぶ程度で、全体的には薄暗い街だ。
通りの真ん中には銀杏並木が有って、秋風に落ち葉がカラカラと舞った。
見知らぬ年上美女は、古い飲み屋街を俺の先に立って歩く。俺は、薄暗い街に浮かぶ、見知らぬ年上美女の黒いシルエットに、黙ってついていく。
通りに人の姿はない。
時々、左右の古いビルや木造家屋から、人の笑い声が、壁越しに遠く聞こえて来る。
提灯の灯を消してある店、暖簾をひっこめた店もたくさん有る。もう、店じまいをしているのだろう。
俺は、駅からの距離を測るために、駅前高層ビルの屋上警戒灯を見ようと、歩きながら振り返った。
だが、住宅街の屋根たちの間から警戒灯は見えずに、ただ、闇夜が広がっているだけだった。それも、普段よりもその闇は深くて、黒絵具をべったり塗りつぶしたようだった。
「ここにしよう」という見知らぬ年上美女の声に、俺は元に直った。見知らぬ年上美女は、塀に囲まれた日本家屋の門の前に立ってこっちを向いている。
その門構えの重厚感は凄まじくて、圧倒される程だ。どうみたって高級料亭だった。
俺は、血の気が引くようにヒヤッとした。
先程までのおごってもらえる期待以上に、強い不審感が芽生えてきた。新宿で道案内をしただけなのに、ここまでお礼をしてもらうというのは、何か裏の意図でもあるのかもしれない気がしてきた。
そう思うと、笛田が飲み会で言っていたことが頭をめぐる。『やつれた上司の話し』だ。嬢に弱みを握られて貢いでいるのではないかという。
俺に当てはめてみる。もし見知らぬ年上美女におごられたなら、今後、「あの時いくらお金を払ってあげただの」弱みに付け込まれて、何ら要求をされるなんて…。
とは言え、期待感も残っていた。
見知らぬ年上美女に裏の意図なんて無いとしたら、こんなにもったいないことはない。憧れの美女に、高級料理をおごってもらえるしデート気分まで。
大体、電車の中で彼女と話した内容から推測するに、彼女はいい会社に勤めている上に独身である。高級な店で男一人おごるくらい、金銭的には驚くことはないだろう。
何に背よ、料亭に入る前に、お互いの意思等話しをする必要があると感じた。一旦入店をやめさせよう。
だが、見知らぬ年上美女はふっと笑って、とっとと門をくぐってしまった。まずいと思って、連れ戻そうと俺も門に飛び込んだ。
だけど、瞬間移動でもしたのか?俺が5m程先にいた彼女を追って門をくぐったところ、彼女は既に10m程の庭を横切って玄関にいた。そこで着物を着た従業員らしい中年女と話しをしている。
俺が門の辺りで立ち尽くしていると、従業員の中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いを浮かべながらこっちを見てきた。
何かカモにされている気もしてきた。期待と不安に揺れている俺だったが、ここで不安が勝りはじめた。
俺は、少し恥ずかしいが、見知らぬ年上美女をおいて逃げようと門へ振り返った。
ところが、振り返ると、門の前には、着物姿の若い女(中年女と同じ着物)が立ちふさがっているのだ。おそらく従業員だろう。俺に、「いらっしゃいませ」と言っていたずらっぽく笑った。
それから、「どうぞ、玄関はこちらですよ」と言いながら、俺に圧力をかけるように迫ってきた。
俺は、「見知らぬ年上美女から逃げるんです」とも言えずに後ずさりをして、見知らぬ年上美女と中年女の立つ玄関まで来てしまった。
それから若い従業員の女は、「どうぞお入りください」と言いいながらてきぱきと動く。俺は、「え、ああ、あの、そうじゃなくて」等言っている内に、玄関をくぐらされて、鞄を取られて、靴を取られて、スリッパまではかされた。
たじろぎながら、若い従業員の女の言いなりなっている俺。横では、見知らぬ年上美女と従業員の中年女が、相変わらず薄ら笑いを浮かべている。
それから、左手側がガラス張りである長い廊下を、先頭に中年女、その後ろに見知らぬ年上美女、最後に俺という並びで歩いた。中年女も年上美女も、黙っている。
お屋敷のような料亭は、外観だけでなくて内装も立派だった。ただ、薄暗い。
天井の灯りは床を点々と照らす程度。薄暗い廊下だ。おそらくは、左手側のガラス窓を通して裏庭は広がっているのだろう。でも、全く真っ暗で何も見えなかった。
やがて、中年女も見知らぬ年上美女も立ち止まった。
右手側に並んでいる障子戸の一つを、中年女が空けた。『ホオズキの間』と書いてある。並ぶ部屋に、歩いて来た方から順に、『い、ろ、は、に、ほ、へ、と、…』を頭文字とする花の名前が、部屋名として付けてあるよう。
廊下から部屋の中を見通すが、廊下同様に薄暗い。天井からつるされた電灯の灯りは、部屋の隅までを照らせていない程だ。
部屋の入口でスリッパを脱いで、畳に上がる。中央にテーブルと座布団が有り、奥には表玄関側の庭に面している窓がある。ただし、その窓から庭は見えず、やはり真っ暗だった。
中年女は俺を窓側に、見知らぬ年上美女を入り口側に座らせて、挨拶して出て行った。
「あの~」俺は向かいに座る見知らぬ年上美女に尋ねた。見知らぬ年上美女は、じっとメニューを見て返事をしない。
俺は続けた、「この店、高そうじゃないですか?」。
「そうでもないよ、高そうに見えるだけ」、見知らぬ年上美女はやっと返事した。
「でも、もう夜中ですよ、そんなに食べられないですよ」俺は言った。
不安の勝りはじめた俺は、今からでも「店を出よう」という方向にもっていきたい。
「解ってる。軽いものや飲み物中心にしましょう」、見知らぬ年上美女は、俺の意図をくみ取らないことを言う。
「途中で、眠たくなりそうですよ」、俺は言った。
「寝てていいよ、布団ぐらい敷いてもらえるから。私は好きな日本酒でも飲んでるから」。
俺は、真意を知るべく直球に聞いた、「ちょっと新宿で道を教えたぐらいで、こんなにしてもらったら申し訳ないですよ。何でここまで…」。
見知らぬ年上美女は遮って、「いいじゃない、私がおごるって言っているでしょ」と、何の感情も見えない淡々とした口調で言った。
俺も引き下がらず、「俺だって男ですよ、女性に奢ってもらうなんて野暮なことできませんよ」と言った。
彼女はメニューから顔を上げる。薄ら笑いを浮かべつつ、俺を見透かすように言った、「本当にそう思ってる?女が養わないといけないタイプだったりして」と。
俺は少し弱腰になりつつ、「そんなことないですよ、俺、ちゃんと生計立ててますから」と、虚勢を張った。
見知らぬ年上美女は、「じゃあ、助けてあげたいっていう女の子たちを突き放してきたんでしょ?」と言う。
俺は、そんな恋人がいればいいなとふと思った。しみじみ考えていると、「解りやすい人だね。そうだ、名前は何?何て呼べばいい?」、見知らぬ年上美女は言う。
「…米津です」、俺は応えた。
「米津…う~ん、下の名前は?」
「…秀行です」
「じゃあ、ひでっしーなんてどう?」
ヒデッシーということばに、小さい頃の記憶が呼び覚まされた。「…ああ、小さい頃に言われた気がする」、俺は応えた。
「女の子にでしょ?」、見知らぬ年上美女は聞いてくる。
「…ええ、小学校六年の時に低学年の女の子に言われた」、言いながら、俺はその女の子のことを思い浮かべた。そう言えば『心臓が求める女』の元祖は、その女の子であるような気もしてきた。その女の子は小六の俺に、小一ながら告白してきた。今思えば、度胸あるなと思う。あの時はどう応えていいのやら解らず突き放した。全く惜しいことをした。
「で、どうせ、その女の子を突き放したんでしょ?」、見知らぬ年上美女は俺の心を見透かすように言ってくる。
さらに見知らぬ年上美女は、俺を肯定するように「そういう男を追いかけたく女もいるのよね」と続けて、ゆっくりと俺に目を合わせて、ゆっくりと笑いかけてくる。
俺は、とりあえず愛想笑いを返した。同時に思った。そうか見知らぬ年上美女は、俺に好感を持っているんだと。
沈黙の時間の中、障子がゆっくり空いて、中年女が盆に湯呑を二つ載せて現れた。それを俺と見知らぬ年上美女の前に置いた時、見知らぬ年上美女は、中年女にアルコールと軽いつまみを頼んだ。
俺は、さらに思考をめぐらせた。もしかすると、世の中には、好感を持った男に対していきなりおごりたがる女もいるのかもしれない。
そう思うと、不安が勝っていた俺の気持ちに、期待が巻き返してきた。
どうする?
このまま見知らぬ年上美女への期待に賭けた時、的中すれば憧れの美女とのデート気分、高級料理、或いは先々の関係を手にできる。
一方、見知らぬ年上美女への不安が的中したなら、どうなる?美人局だとしたら、どれだけのお金を取られるだろう?
そうだ!いいことを思い付いた!
見知らぬ年上美女への憧れを、彼女と似た顔立ちの女優が出演しているDVDにぶつけよう。また、見知らぬ年上美女の登場する小説を書いてみよう。それで売れるんだ。
それこそが、今回の出会いに対する、俺にできることだ。高級料理はいただきたいが、そもそも、初めて会った女性のお金で高級料理をいただこうなんてのは、男として後々自慢できることでもないだろう。諦めるのがよろしい。
そうと決まれば、見知らぬ年上美女には申し訳ないが、ここは恥を忍んで、一人で脱走しよう。彼女を連れだって店を出るのは、先程の会話からして無理である。
俺は彼女に申し訳ないと思いつつ、「じゃあ、ちょっとトイレに行ってきます」と立ち上がった。
俺は見知らぬ年上美女を横切って、部屋の入り口に至る。それから、スリッパをはいた。
入口の障子に手をかけようとした時に、自動ドアのように、障子が開いた。
そこには、中年女が、片手にお酒の入ったグラスをお盆に乗せて、片手は障子に触れている。
「あれ?どちらに?」と言う中年女に、「ちょっとトイレに」と俺は応えて、とっとと中年女の横を通り過ぎて廊下に出た。
「トイレは、出て右ですよ」、後ろから中年女が言う。
「ええ」と俺が応えると、中年女は部屋に入って障子を閉める。
俺はじっと立っていると、障子を隔てて、中年女と見知らぬ年上美女が、聞き取れない程の小さい声でゴソゴソ話すのが聞こえた。
その後、キャハキャハなんて高い笑い声。
バカにされている気もしたが、そんなことはどうでもよい。
中年女に「出て右」と言われたが、来た方は出て左だ。俺は、左に歩き出した。
薄暗い廊下をどんどん歩いた。先を見通せない暗さだ。
廊下を歩き続けてから、数分は経った。
そろそろ玄関に達してもよい気がするのだが、どこまで歩いても同じ景色が続くだけだ。
酔っていて、来た方向を間違えたのかとも考えた。それなら、部屋を出て右か?
俺は、振り返った。
長い時間歩いたと思ったのだが、ほとんど歩いていないように、ホオズキの間の障子がほんの五メートル程先に有った。
俺は驚いた。まるで、部屋が付いて来ているかのようにも感じたくらいだ。
驚きながらも、俺は引き返した。
ホオズキの間を通り過ぎる時、中年女が出て来た。「あれ?どちらに?トイレはこっちですよ」、そう言って部屋を出て右の方向を指差した。俺は、「ええ」と適当言いながら、さっさと中年女を横切った。
しばらく歩くと、難なくトイレに到達した。
俺はわけが解らずに、男子トイレの前で立ちつくして、溜息をついた。その時、耳元にいきなり息遣いを感じて、びっくりして振り返った。
そこには中年女が立っていた。俺はまた驚いて、飛び上がった。
「何をコソコソなさっているの?さっきから」、中年女は言ってくる。中年女を間近に見ると、妖気のようなものも感じた。
「あの、ええっと…」俺が答えられないでいると、中年女は俺をじっと見つめながら言った、「彼女は、あなたに気があるんだと思いますよ」。
俺が答えに困っていると、中年女はふっと笑顔を見せてから振り返り、暗い廊下を歩いて行って、闇へ消えた。
俺は金縛りにあったように動けないまま、中年女の背中を見送っていた。
それから、俺は用も無いものの、トイレに入った。
入ってすぐに有る壁に寄りかかって、また溜息をついた。
新宿駅からこの店に至るまでのこと、この店に入ってからのこと、いろいろと現実離れしている気がしてきた。
壁にもたれていると、正面に窓が有るのが目についた。俺は窓から脱出しようかと考えた。
窓へと歩む。そして、開けてみた。
そこには、絵具をべっとりと塗りたくったような真っ暗な空と、その下で、風に揺れる庭の草木。
俺は半ば冗談で、窓の淵に脚をかけてみた。
その時、窓の外、右側の方から、ガタンと音がした。
俺は、脚をかけたまま窓から顔を出して、そっちを見やると、さっき門で会った、若い従業員の女が、バケツを下げて立っている。
俺は、かけた脚を下ろした。顔をひっこめて半目だけ出して、若い従業員の女の様子を探った。
若い従業員の女は、バケツから液体の滴る塊を、庭に投げた。すると、庭中の草木の間から、毒蛇のような色模様をしたヘビが、次々と現れ出る。窓のすぐ下の草むらからも、次々ヘビが出てくる。
俺は、びっくりして、窓を閉めた。
何なんだこの料亭は?庭で蛇を飼っているのか?
俺の心臓は、バクバク言う。落ち着くために、壁に寄りかかった。ますます、現実世界にいる心地も薄れてくる。だが、夢とは違い何も覚めない。
しばらく、ため息をついたり首をひねったりしていたが、鼓動も収まってきた。
取りあえずトイレを出た。
そして、薄暗い廊下を、部屋へと歩いた。
部屋の前では、中年女が笑顔で待っていた。
中年女は俺を見ると、「戻ってきましたよ」と部屋の中に向かって言った。俺は中年女に適当に頭を下げて横切り、部屋に足を踏み入れた。
横切る時、中年女は俺に、まるで抜けない棘を刺すように「しっかりなさってください」と言う。部屋の中にいる見知らぬ年上美女に聞こえないように音量はおさえつつ、低くてそして怒りを研ぎ澄ました口調だ。俺に、恐怖をもたらすものとして刺さった。
おそるおそる中年女を振り返ると、そこに、先程までと変わらない笑顔の中年女が立っている。
そしてなれなれしく俺に近づいて、接客トーンに戻って俺の耳元でささやいた、「女性の方から誘っているのに断るなんて野暮でしょ。あなた、彼女はいるの?」と。俺は、「いえ」と応えた。
「じゃあいいじゃないですか。ちょっとだけ彼女のお相手をしてあげれば。彼女、うちの常連さんなんです。
見ての通り美人だし、それにね、お金持ち。あなたみたいに夢を追いかける男の人たちを応援したいんですよ」、
そう言って、中年女は後ろから俺の肩に両手をついて、部屋へ押すような姿勢を取る。
「そんな、ヒモ男にはなれませんよ」、俺は応えた。
「何言っているんです、欲のない。そんなんじゃ小説家の夢なんて叶えられませんよ」と、中年女は言った。
そんなものかなと考えていると、中年女は「さあさあ、どうぞどうぞ」と、俺を部屋にぐっと押した。
俺が畳に上がると、トイレに行く前同様、見知らぬ年上美女が、入口に背を向ける位置で座っていた。
その背中越しにテーブルを見ると、ピンク色の透き通った液体の入ったグラスと、野菜や肉や魚の皿が並んでいる。まさに豪華メニューだ。
そんな、色とりどりの皿を見て、俺から度胸が消えうせた。同時に、不安と期待に揺れる俺は、不安の勝利に決着した。
俺にこれだけのただ飯を食らう図太さはない。
「遅かったね、じゃあ乾杯しよう」と、見知らぬ年上美女は座ったまま振り返る。俺の不安な気持ちには、構わないように。
俺は強行的に逃げようかと、振り返った。
振り返ると、中年女が部屋の入口の戸を閉めずに立って、こちらに微笑んでいる。出られない。
多少諦めつつ、俺は席についた。でも、どこかでチャンスを見つけて、逃げるつもりだ。仕方なく「乾杯」と言い合い、グラスをガチャンと言わせた。
それを見て、中年女は入口の戸を閉めた。
口をつけると、強い香りのまったりした日本酒だった。俺は、頭の中で金の計算をしていた。日本酒一杯なら所持金の数千円でも払えるはず。
俺が皿に手を付けないでいると、「どうしたの?もう、食べられない?」と、見知らぬ年上美女は聞いてくる。
「ええ…あなたに会う前に、友人と新宿で飲んでたんですよ。お腹いっぱいで」と適当に応えていると、「そう。食べられないならたくさん飲んで」と言って、グラスを一気飲みするよう勧める。さらに、メニューの飲み物ページを開いた。
俺はこの日本酒の、妖しさ有る強い香りが癖になりそうであった。飲み干した時には、おかわりを頼みたかった。だが、心の中で首を振った。
それから見知らぬ年上美女はメニューを指さしてあれやこれや勧めてくるが、俺は断った。さまざま話しかけてくるも、適当に返事をした。
そして、話しが途切れたところで、「そろそろ帰ります」と言った。
見知らぬ年上美女は、怒り混じりの溜息をついた。
それから、「すいません!」と、大きな声で従業員を呼んだ。
入口の障子が空いて、中年女が再び登場。
見知らぬ年上美女は立ち上がって、中年女のもとへ行く。
二人で、何やら話し始めた。こっちには聞こえてこない程に小さい声だ。
ただ、ところどころで強い口調になることも有って、ことばを聞き取れた。「なんとかして」「あれじゃ役に立たない」「でもなかなかいないよ」等。
話す二人の表情は、先程と打って変わって、全く愛想の無いものだ。何度か、こっちをちらと見てきた。値踏みされている気もした。
俺と目が合うと、先程のような愛想の良い笑顔にさっと表情を戻す。俺は、適当に笑い返しておいた。
そんなことを繰り返していると、中年女と見知らぬ年上美女の話は付いたようだ。
中年女が、「それじゃ、用無しだね」と言う。そして、二人してこっちを見て来る。
「とんだ役立たずのようね」、「バカだよね、夢が叶のに」、中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いをしつつ口々に言う。だんだんとおどろおどろしくなってきたように思う。
それから、「蛇の餌にでもすればいい」、「そうだね」とも言った。
さらに、一瞬、見知らぬ年上美女と中年女が、見たこともない程歳をとった老婆になった気がした。
背筋が凍るような衝撃が走ったが、同時に『蛇の餌』と聞いてはっとするものがあった。さっきトイレで見た、若い従業員の女が、何かのしたたる塊を蛇に与えていた。
逃げないといけない。そう思った。
背面の窓を振り返り、窓から逃げられないかと見る。羽目殺しで、開かないタイプだ。
よって、中年女と見知らぬ年上美女の立っている、この部屋の入口からでないと出られない。
俺は立ち上がって、恐怖を隠しながら、何も考えないようにしながら、二人の方へ歩いた。
二人を直接見ないようにしていたが、視界の隅に、薄笑いを浮かべながらこっちを見ている二人がいる。
俺は二人を通り過ぎながら、「もう一度トイレに行ってきます」と言った。
二人は不気味な薄笑いを浮かべながら、俺の経路をふさいで来る。
俺は恐怖を無理やり隠しつつ、焦りつつ、愛想笑いを作って、「トイレに行かしてくださいよ」と言って、片手を出して二人を押しのけるような動作をした。
すると、その腕を、中年女がガッシリつかんできた。
俺の中で、恐怖は爆発した。
焦って、腕を振って、振りほどこうとした。
だけど、女性とは思えない、とんでもない力であって、中年女の手が外れない。いや、ビクとも動かすことはできない。
「バカな男だよ、何を気にしてんのかね。あんたみたいな男でも役に立てる場所を提供してやっているのにさ」中年女はそう言うと、俺の腕を強引に引いた。
そのまま俺は、引きずられるように、廊下へ出させられた。
綱引きで勝ち目がないので、俺は俺の腕をつかんでいる中年女の腕をバシバシたたいた。だけど、中年女は全く意に介さない。そのまま、廊下をどこかへと引っ張っていく。
俺はたたくのをやめて、「解りました、彼女のヒモ男になります!」とヤケで言った。
だが中年女は、「遅い。あんたからは欲望を感じない。ヒモ男になったとして、たかが知れている。役立たずめ。」と応えて、なおも、俺を引きずるように、廊下を歩く。
その時、前方から、若い従業員の女が慌てて走ってくる。中年女の前まで来て、「お嬢さんはどこです?」と尋ねた。
「ホオズキの間にいるよ。このバカ男に失望してね」、中年女は俺をにらみつけてきた。
若い従業員の女は、「早くお嬢さんを呼んでください。いい男がこっちに向かってます」とはしゃぐように言う。
すると中年女は、「え?本当?」と言って、目の色を嬉々としたものに変えた。
そして、俺のことなんて意識から抜け落ちたように手を放し、若い従業員の女と一緒に、薄暗い廊下を走って行った。
俺は、それからのことを、全く覚えていない。
若い従業員の女と中年女の小走りをする後ろ姿を見ていたはずだが、夢を見ていてふと目を覚ますように、場面は切り替わったのだ。
俺は暗い場で寝転がっていた。カビ臭さは鼻をついた。
起き上がって周囲を見回すと、月明かりや街灯にぼんやり浮かぶ程度の、薄暗い家屋だ。ところどころ、崩れている。人の生活音も、全くしない。外からどこか遠くのバイクのエンジン音が耳に入るものの、家屋内は全くシンと静まっている。
おそらく廃墟だ。
それから、先程までいたはずの、見知らぬ年上美女たちもいない。
俺は今まで、夢を見ていたのか?
飲み会帰りに、眠気に耐えられなくなって、廃墟を見つけて寝てしまった?年上美女は、寝ていた時に見た夢?
筋は通るが、これまで、俺は酔っていても路上や廃墟で寝たりの経験はない。
納得できる答えは見つからないものの、この廃墟にいるわけにもいかない。
俺はせき込みつつ立ち上がり、廃墟から歩み出た。
夜明け間近なのか、空は夜闇が弱まって、青みの目立つ藍色だった。
スマホの時計を見ると、朝の4時だった。メールも受信しているようだ。
メールを開く操作をしつつ、周囲を見回す。壊れた石畳の通りあり、通りに沿って廃墟が並んでいる。通行人もいるのか、古い街灯がポツポツ並ぶ。
俺は、この風景に見覚えがあった。
これら廃墟に提灯等がともり、石畳の道を舗装すれば、先程見知らぬ年上美女と一緒に歩いた飲み屋街だった。
周囲の風景に俺ははっとして、まさかとは思いつつ、俺は廃墟の玄関に戻る。
そして、玄関横に、見覚えあるフロントの棚。さらに、そこには、俺の鞄も有る。また、フロントは逆に、靴箱も有る。やはり、俺の靴も有る。
夢と思いかけていたものと、目の前に見ているものの一致。何が現実なのか曖昧になるような思いで、しばらくは動けずにいた。
解決しそうにないので、とりあえずメールを見る。相手は白壁からで、0時頃の受信だった。
開くと、『飲み足りない。これから独身二人で飲もう。今から米津のアパートに行くよ。今新宿だから、30分程で着くと思う』とあった。
4時間も前に受信したメールなので、白壁はとっくに俺のアパートに着いているはず。
だけど、この後に白壁からのメールの受信は無い。
白壁の現在の状況がよく解らない。
とりあえずアパートに帰るべく、夢だろう、先程見知らぬ年上美女と歩いた記憶からして引き返すように、道を歩いた。
すると、ちゃんと〇〇駅にたどり着いた。
それから、始発前の〇〇駅を横切り、アパートに戻った。
アパートの玄関に白壁が待ってはいない。俺は鍵を開けて部屋に入った。
俺は『来ないの?』とだけ返信しておいて、シャワーを浴びて、歯を磨いて寝た。
その日の日中、白壁から『米津のアパートに行く途中で、街で出会った女に気に入られてしまった。米津のアパートに行くのは今度な』とメールがあった。
その後、何度か白壁が俺のアパートに来る約束をしたことがあったが、全てすっぽかされた。
どうにも、俺のアパートに向かっていると、たまたまその女と新宿辺りで会って、○○駅辺りで飲んで、俺のアパートには到達しないらしい。
まあ、白壁にはいい加減な面もあるので、気にしないでいた。
一か月くらいして、また、新宿駅周辺の居酒屋で、白壁、笛田、俺の三人で飲み会をした。
そこで会った白壁は、別人に見える程痩せこけていたのだった。
やつれていることを指摘すると、白壁は、最近ネット小説の売れ行きがよく、ファンのためにも毎日更新したりして時間が無くて、パン一枚で一日を過ごすことも多々有るので、そのせいだろうという。また、羽振りが良いので、三人分おごってくれるとのこと。
俺も笛田も、それは申し訳ない止せと言うと、白壁は、米津のアパートに行く時に限って〇〇駅で会う30半ば程の女に〇〇駅外れに有る古い日本家屋の料亭で奢ってもらっているから、たまには自分も誰かにおごらないと申し訳ないという。
新情報として、白壁は大学時代から恋愛していた女と破局したことを発表した。
その後、白壁がトイレに行っている時、俺と笛田は白壁について話した。
笛田は、白壁のやつれ方が、例の上司のやつれ方と似ているのが気になると俺に言う。
また俺の気になっていることは、白壁の言う『30半ば程の女に〇〇駅から少し外れたところに有る日本家屋の料亭でおごられている』ことである。
もしかして、俺が見た(夢の中のことだろう)見知らぬ年上美女や廃墟と同じだったら。
まあ、非現実的な話しなので、笛田には言っていない。
また笛田は、やつれた上司の話しに付け加えをした、「そうだ新情報で、そのやつれた上司、趣味のバンドで大きな収入があったんだ。
音楽の才能が有るようには見えないんだけどな、まあ、本業を適当なくせに副業が有るって腹が立つけどな。とは言っても公務員の副業は禁止だからなあ、もう辞めるつもりだろうよ。
そう言えば、あの上司も〇〇駅付近に住んでいる。米津と同じだな」と。
それからはいつも通り、意味の有ること無いことをしゃべった。
やつれている白壁だが、話すこと等色々いつもの通りだし、命の危険もなさそうだったので、しばらく様子見にした。
それにしても、「○○駅周辺」に、何か有るのだろうか?
やつれた笛田の上司は、俺と同じく〇〇駅付近に暮らしている。
白壁は、〇〇駅周辺に有る俺の暮らすアパートに向かっている途中に、30半ば程の女に出会ったあたりからやつれたと思われる。
夢の中のことと思うけど、俺が行った○○駅周辺の料亭。
そして、白壁の言う30半ばの女と俺の思う見知らぬ年上美女は、同一か?(まあ、そんなわけもないだろうが、小説家として話としては面白いと思う。)
翌日土曜日。
気になった俺は、〇〇駅周辺に在る市立図書館で、類似の出来事は発生していないか、記録を探して見た。
図書館の検索エンジンで、「いきなりげっそりと痩せた者」「げっそりと痩せた小説家」「げっそりと痩せたバンドマン」「30半ば程の女」等をキーワードに、検索した。
本文やタイトル等に、そうした文言の本や新聞記事や雑誌が、古いもの新しいもの問わずに、ヒットした。
それらを掻い摘んで読んだところ、いくつかのものに、共通点も浮かび上がった。それは、痩せた者に関する次のもの。
・○○市(○○駅が有る)内で活躍した。
・絵描きや詩人等芸術関係者が多い。
・いきなり成功して、また成功後にやつれた。
・30半ば程の女と、恋愛のようなそうでないような妙な関係になったと、本人は述べている。また、配偶者や婚約者との関係は破たんしたこと。
また、年代は現代~明治時代に絞られた。最も古いものは、明治時代のものだ。
それならと、市の明治時代の歴史に関する書籍を、何冊もピックアップした。
それらを流し読みしていると、一冊に、「文化人の活躍を支えた女性」のことが書いてあったた。本案件に関係有るものかと、集中力を上げて読んでみた。
その女性の説明文を要約すると、次のもの。
『明治時代に現在の〇〇市(○○駅が有る)の名家に生まれた女で、自身敏腕経営者として名をはせる一方、売れない絵師等を恋人として援助して後、絵師等が有名人になると、決まって破局を繰り返した』。『晩年は行方不明』。
説明文の最後に、その女性経営者の写真も印刷されていた。明治時代の古い白黒写真だ。
俺はその写真を見て、衝撃が走った。
その顔は、俺があの夜に出会った見知らぬ年上美女と瓜二つなのだ。
錯覚ではないかと、もう一度しっかり写真の女を見る。すると、写真の女は俺に微笑んだような…。
俺は、びっくりして本を閉じた。
以上、「深夜の街灯り【怪談】」。
※本小説はフィクションであって、実際にある土地名や団体等とは一切関係ありません。
※本ブログの記事は全て著作権によって保護されておりますことへのご理解をお願い申し上げます。

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第一章:奇妙な恋愛観は怪奇現象の一因?|深夜の街灯り【怪談】
①ナンパならでは?の理想
「いいか、考えてみろ。
新宿駅には一日十万人の利用客がいる。歩いていると、クラスや職場や友人の紹介等にとらわれない、いろいろな女に出会える。
中には、その女の姿を見た瞬間に俺の脈は爆発的に強くなる場合も有る。いわば、俺の心臓が求める女だ。
そういう女は大抵、女の方も俺に興味が有るものだ。女の視線を見ていると、俺のことを気にしているとわかる。
そんな女に声をかけて、一時間ぐらいアルコールを飲みかわす快感は、一人の女と恋人関係を結んでいては味わえない」
俺(米津秀行・よねづひでゆき・27歳)が言うと、白壁が「その通りだ」と言って拍手をする演技をする。俺は、それに乾杯をする動作をして芋焼酎の炭酸割りを口に入れた。
笛田は、バカにするように笑ってから唐揚げを口に入れて、もごもごさせながら言った、
「下らない恋愛観だ。というより、ただのナンパじゃねえか。
しかも、お前には色男とは真逆のエピソードも多いくせに、ロマンチストのように語りやがって」と言った。
ここは、新宿歌舞伎町を外れた、古い小さなビルに有る居酒屋。窓際のテーブルにて、男三人で飲んでいた。
ロマンを抱くのも無理はない。窓の外の景色が、俺の想像力を掻き立てる。俺はまた、視線を窓の外へ。
新宿駅周辺の高層ビルたちが、地平線を覆う壁のようにそびえている。少し離れた場所に有るここからでも、ビルの頂上は見えない。数えきれない窓のそれぞれから、灯りは輝く。星のようでもある。
ああいうビルでバリバリ出世する女性に、俺が接点を持つとしたら、ナンパしかないだろう。いつかは、声をかけられたらと思う。
ただし、思いつつも、何年過ぎただろう?
②本命には声を掛けられないもの?
笛田はそう言ってから、口に入っている唐揚げをビールで流し込んでから言う、
「ホテルまで誘えたのは二人だろ。十年で。
しかも、お前の言う心臓の求めるタイプの女には、心臓の高鳴りを悟られまいと緊張しすぎて、声をかけられてない。」
俺は反論をしつつも悩みも述べる、
「いや、心臓の求める女にだって声をかけたぞ。一人だけ喫茶店まで誘えた。
ただ、確かに声をかけにくい…。
そういう女に対しては、高級店で奢らないといけないとか、割り勘はいけないなんて、恰好つけたがってしまう。たまたま所持金が多くても、スマートに声をかけないといけないなんて思っている内にナンパの機会を逃す」。
言うと、笛田は予想通り説教を始めた、
「そうなるだろ?まともに仕事してないと、本命に声を掛けられない。それに、そんな女に声をかけると、きちんと恋愛関係を結ばないといけなくなるもんだぞ。
お前らの言う、『恋愛関係を結ばずして女を手にする』なんて下らないんだよ。
そもそも、それで手にした女なんて、大した女じゃなかったろ?」そう言って、笛田は勝ち誇った笑顔を見せた。
俺は「そんなことはないけどな」と、ボソっと抵抗した。
笛田は税務署に務めている。そして今回、結婚が決まった。人生の方向が、どんどんとまとまっている。
一方、俺と白壁は違う。白壁は、犯罪心理学者になるだのと言いながら大学院に在籍して、イカれた人間の登場するミステリー小説を書いている。
俺は、在学中に白壁に誘われて小説を書くようになって、卒業後から今まで家庭教師をしつつ小説を書いている。ちなみに俺の書く小説は、人類学研究で感じた人知の限界を、ホラー小説として描いている。
現生人類が進化した謎の霊長類が世界の秘境にいる上に怪奇の能力を有しているとか、幽霊の存在を証明した物理学者がいるとか、そんな小説だ。
何にせよ、俺も白壁も小説賞に応募し続けているが、現在のところ成果なし。
「いや、笛田は解ってない」と、白壁は切り込む。そして、ビールジョッキを置いて、反論を展開する、
「米津が本命にナンパをすることに、男の甲斐性は重要でない。おそらく米津は、今のままでも本命へのナンパに成功する。
俺が以前米津のアパートで発見をしたことと、米津に心臓の求める女と察知する能力が有ることに、重大な関連性が有ると見られる」。
白壁は熱くなる。俺は嫌な予感がする。
③問題は体裁か?勇気か?
白壁は続ける、
「俺は大学に入って、早い内から彼女ができて、今でも付き合っている。一方で、彼女以外の女にもいくらでも興味はある。例えば、あの女だ…」。そう言って白壁は、隣のテーブルで飲んでいる二人組の女を、顎と目線で指した。俺と笛田は、ちらっと見る。
白壁は続ける、
「俺は、二人ともに興味がある。また、外を歩けばもっといろいろな女に会って、興味を持ってしまう。
そんな感じで、大学時代も今も、彼女がいながらモヤモヤしている。
そんなモヤモヤした気持ちをだ…」
白壁は話しを切って、「つらいつらい」とため息をつく。
いきなり黙ることで、俺と笛田の注目を集めようとしているらしい。俺と笛田は集中してあげる。
白壁は「エロDVDで誤魔化していた」と言う。
笛田の集中力はその一言で途切れた。「下らねえ」と言ってビールを口に運ぶ。
白壁はかまわず続ける。
「エロDVDで誤魔化す男もよくいて、あの女優、この女優、あのシチュエーション、このシチュエーション、さまざまなエロDVDを買いまくっては、置き場所に困って、どっさりと売る。俺もそう。
だが!米津のアパートに何度か行く内に、俺は驚くべきことに気が付いた!
米津は!エロDVDを売らない上に!イタズラに増えない!」、白壁は力強く言ってから、俺を見てきた。
俺は適当に眉で返事して、「『社長と妻を二人っきりにしてみた』『勇気を出して丸の内キャリアウーマンをナンパ』は、やらせくさいので売った。」と返事をした。
笛田は、枝豆を口に運びつつ、適当に聞いてあげている。
白壁はまだ続ける。
「それで、先程の話しだ。
米津は、心臓の求める女を察知する能力が有るわけだが、エロDVDが増えないことと関係しているように思う。
それは、一生ものの性欲を理解しているからだと思うのだ。
どうだ米津?心臓の求める女の顔立ち、スタイル、雰囲気等々と米津のエロDVDに出ている女性とには、共通点がないか?」
言われた俺だが、そんな気がしないでもない。そう思っていると顔に表れたのか、白壁は続ける、
「俺の予想通りのようだな。
DVDといい、心臓の求める女といい、米津は、自身の性欲を自身でよく知っている。それをそのまま相手の女性にぶつけると良いんだ、犯罪にならない程度には注意して。
確かにきちんとした恋愛は楽しい。思い出もできる。だが、就いている仕事だの、貯金だの、いろんな条件が絡んで来て、せっかく互いを欲しているのに、言い訳になってしまう。
さあ、小説家として売れていないことも大した収入のないことも忘れて堂々と、心臓の求める女に声をかけるんだ」、
白壁は言い終わって、しゃべりつくしたようにビールジョッキを飲み干した。
笛田は、枝豆を飲み込んでからあっさりと言う、「白壁、お前の言うことはすべてどうでもいい。そんなことは重要じゃない。
④不特定多数の出会いと怪奇現象
仮にそうだとしよう、きちんとした恋愛も結婚も下らないと言える程の男女関係が有ると。
それで、そんな男女関係を果たしてどうなる?
そんな男女関係では、現在の日本では幸せになれない。いや、だいたいの文明国で幸せになれない」
笛田はいったんビールジョッキを口に運び、間を作る。俺と白壁は集中してあげる。
笛田は真面目に言う、
「お前ら、仕事も女も腰を落ち着ける年齢だろ。ナンパとか小説家の夢とか、あと十年ぐらいすれば、もっとやることあったなあって後悔するぞ」。
「ナンパではくて、誠実な声掛けなんだけどな…」、俺はホッケの塩焼をほぐしながらボソっと反論した。
笛田は続ける、「楽しそうでいいんだけどな、お前らはいつまでも。
でも、詐欺やら色ボケには気を付けろよ。今に犯罪に巻き込まれるのも心配なんだよな」。
俺と笛田のグラスが空になっていたので、何を飲むかと白壁が聞いて来た。俺は「赤の芋」と応える。笛田も「俺も同じの」と言って、話しを続けた。
「俺の上司に、仕事が全てじゃないなんて言って適当にヒラやってて、結婚もせず風俗通いをしている男がいる。
最近に至っては、夢が有るなんて言い出した。バンドで稼ぐやら名を馳せるやらって夢だ」。
笛田がしゃべっている間に白壁は店員を呼んで、飲み物食べ物を注文する。笛田は続けている。
「その上司、最近やつれてきてんだ。誰の目にもわかるくらいに、げっそりと。異様だよ。
でも、病気って噂はないし仕事を休んでもない。独身だし、親は田舎で元気だから家庭の問題はない。仕事内容も今までと大きく変わっていない。そうなるとバンドや風俗で何かあったと、周囲は疑っている。その二つなら、疑わしいのは風俗だよな。
独身で正規雇用だから貯金はたっぷりとあるはず。弱みでも握られたか色ボケをしたかで、嬢に貢いでいるんだろうって。
そうでないなら、幽霊かな?よくあるだろ怪談なんかで、幽霊につき纏われてげっそり痩せたような。
何にせよ、お前らも不特定多数の女に声をかけるっていうのは、そういうリスクもあるってわけだから、気をつけろよ」。
笛田のことばに、俺と白壁は話半分に聞いていた。
その後も、意味のあることないこと適当に話したり突っ込みを入れたり笑ったりしている内に、いつの間にか時計は23時を指した。
本日の飲み会はお開きにした。
第二章:奇妙な出会い?果たせていない恋愛や夢|深夜の街灯り【怪談】
①レアな出会いを道端で
秋風に吹かれながら、店の前で男三人は軽く手を振り合い、其々違う方向へ歩き出した。
俺は新宿駅へと、薄暗い新宿歌舞伎町を歩いた。
2、3階建ての薄汚れた古いビルが、左右に延々と並ぶ。縦に並び横に並び、合間に狭い道を作る。十字路を作り、十字路の先でまた十字路を作って、まるで、意図的に迷路を作っているようにすら感じてしまう。
そんな迷路には、キャッチが道行く人に声を掛けている。
俺は、右に左にキャッチをよけながら歩いた。
3F建ての薄汚れた古いビルから、笑う口元のみを写した女性グループの暗い看板が、見下ろしている。
入口の暗い扉の上で、ネオンがバチバチ言っているバーも有る。
迷路に面する粗末なアルミ階段の先に、従業員通用口のような金属の扉が有って、紙とマジックペンで「ここはマッサージ店です」と張り紙が有って、街頭の薄明りにぼんやり浮かぶ。
どこまで歩いても、看板や入口玄関は誘ってくる。誘惑の途切れない街、簡単に帰路につけない街だと思った。
その時。
「すみません、あのう…」と女の声が横から聞こえてきた。俺に話しをかけるように。
キャッチの可能性もあるので、俺は立ち止まらずに目線だけ声の方へ向けた。
目を合わせたくないので、足元から徐々に視線を上げていった。ネイビーのカジュアルスーツのスカート。胸元は若干広げてセクシーに崩してあるが、勧誘とは雰囲気違い。
それから、顔へとゆっくり目線をずらした。その一瞬で、俺の心臓は高鳴った。
30半ば程の女性であり、俺より年上だけど活き活き若々しい。「天真爛漫」というか。恋愛どころか接したことすらあまりのないタイプで、一瞬で「手にしたい」という憧れのようなものを抱いてしまった。
その見知らぬ年上美女は、俺と歩く速さを合わせながら、俺と目を合わせている。声を掛けて来たのは彼女だろうと、改めて認識した。
②夢のような道案内
俺は、心臓の高鳴りを知られないように「何でしょう?」と平静を装って返事をした。
「新宿駅は、どっちに行けばいいんでしょう?」。見知らぬ年上美女は聞いて来る。俺は平静を保ちつつ応えた。
「この道を真っ直ぐ行けば大通りに出ます。その大通りを越えると、石畳の商店街に出ますからそれも真っ直ぐ抜ければ、正面にデカデカと新宿駅って看板のあるビルが見えてきますよ」。
「有難うございます」なんて言いながら、見知らぬ年上美女は俺から離れようとはしなかった。
俺が様子伺いのためにチラっと見知らぬ年上美女の顔を見ると目が合い、ニコッと笑いかけてくる。俺は視線に困った。また、心臓の高鳴りにも困った。
気づかれないように静かに深呼吸して言った、「俺も新宿駅に行く途中なんで、一緒に行きます?」と。まるで、お遊戯会のセリフのようなぎこちなさだっただろう。
「有難うございます、よかった~」、と見知らぬ年上美女はほっと溜息をつきながら言った。俺のセリフ染みたしゃべり方や定まらない視線は、気にしていないようだ。
「ほら、電池切れ」。見知らぬ年上美女は画面の消えたスマホを俺に見せて来た。「道を聞こうにもキャッチや酔っ払いばかりだから、妙なことになりそうでしょ」と続けた。「ええ、確かに」俺は、適当に応えた。
それから、見知らぬ年上美女は、俺の職業だの歌舞伎町によく来るのか等適当なことを聞いて来た。俺は当たり障りのない答えをしつつ、同じ質問を見知らぬ年上美女にもした。いわゆるどうでもいい話しをしつつ歩いた。
その内に、大通りを渡って飲み屋の一角を過ぎた。そして、大きな駅ビルとそこに張り付いた「新宿駅」という看板が目に入った。
見知らぬ年上美女は看板を見て、「あれね」と言って笑いかけてくる。
それから、看板の下へとたどりつく。百八十度どこからでも人がなだれ込む金曜日遅くの新宿駅南口を、何とかして二人くぐった。
くぐっていると、人込みに押されるように、見知らぬ年上美女に触れる程接近できた。俺はまた、ドキッとしてしまった。
人の流れの穏やかな広いところまで来ると、「ここからは何線なの?」と見知らぬ年上美女は聞いて来た。
俺が「A線です」と応えると、見知らぬ年上美女は驚いた表情で言った、「同じだ」と。
それから地下通路を通り、A線の改札口へと二人で歩いた。
A線の改札口が見えてくると、見知らぬ年上美女は、「急行?各駅?私は、急行で〇〇駅ね」と俺に言う。
俺は驚いた。俺も、〇〇駅で降りる。
俺が「同じです」と言うと、「それじゃあ、一緒に乗ろ」なんてはしゃぐのだった。
③焦る電車内
それから二人で、金曜日夜中の新宿発急行電車に乗って、適当にしゃべり合った。
前後左右一歩も動けない程の満員電車で、「金曜日遅くの都心発の電車はこんなもんだ」なんてどうでもいいことを話しつつ、趣味の話しに及んだため、俺はホラー小説を書いていることも話した。
興味を引いたのか、見知らぬ年上美女は一段明るい顔つきになって、感動詞を並べる。
話しをしていると、見知らぬ年上美女の迫ってくるような黒い髪や広い肩幅等次々、今までに接したことのない女であると言えるポイントが目についた。
そのたびに、収まりかけた心臓の高鳴りは復活した。俺は心地よい息苦しさに酔いしれるようだ。
その内に、電車は地下軌道に入る音をあげだす。〇〇駅が迫っている証拠でもある。
俺は焦り出す。
目の前には憧れを抱いている美女がいる。今日は金曜日の夜遅く。このまま地下ホームから地上出口に上がって、「それじゃあお気をつけてお帰りください」なんて手を振るのは、あまりにもったいない。
誘おう。
でも、誘おうとすると、情けないことに、飲み会でしゃべった通り、おごって恰好つけたいなんて思う。でも、所持金は数千円。ATMに行っても、今月の家飲み代やらPC冷蔵庫等の壊れた時のための貯金だけ。
これじゃあ誘えない。
失礼だけど、憧れの女でないのなら、割り勘数千円で飲みに行けるところでも誘えるし、断られてもバカにされても前向きでいられるのに。
やがて電車が停車をする。○○駅に到着だ。
そして、電車のドアは開いた。俺と見知らぬ年上美女はホームに降りた。さて、タイムリミットは地上に上がるまでだ。
二人で人込みをよけながら歩いて、改札口へとエスカレーターの長い列に並んだ。
見知らぬ年上美女は、電車内で話した俺のホラー小説のことをまだしゃべっている。俺は、適当に応えたり、感想に笑ったりしていた。
そうだ。俺はナンパについて一つ思い出した。
以前、〇〇駅周辺本屋で、俺の方をちらちら見てくる年上女性に、ストレートに「焼酎の種類がたくさんある日本料理店に飲みに行きませんか?」とナンパして、成功した。彼女の顔つきから、焼酎好きに思えたからそう誘ったのだ。でも実際は、甘いカクテル好きだった。
間違っていても、失礼のないものであれば、相手への印象をストレートに述べることで、話題になる。
改めて、見知らぬ年上美女を見た。
でも、「俺の果たせていない男女関係の人」とか「性欲強そうですね」等、失礼なことばかり思い浮ぶ。これではダメだ。
着実に地上に向かうエスカレーターに、苛立ちすら覚えた。
結局、何も誘い文句を思いつかないまま、地上出口に出た。
焦りも極限に。
無策にも「飲みに行きましょうか」とだけ言おうと思った。そうすれば、断られたとしても『誘う挑戦はした』ということで、気持ちは収まりやすいだろう。
ところが、地上出口に出たところで、見知らぬ年上美女が意外な一言、「じゃあ、どこか飲みに行く?おごるよ」。
一瞬で、俺の心の霧はふっとんで、明るいものが開けた。
④奇妙な追い風?
ただし、そうなると違う問題も出てくる。
女性から誘われて「ヤッター!おごってもらえる」というのも不格好だろう。嬉しさと世間体とない交ぜの俺は、素っ気なさを装って「まあ…それも…いいっすねぇ」とだけ応えた。「俺がおごりますよ」と言えたらなと、真剣に思った。
それから見知らぬ年上美女は「道案内のお礼ってことね。遅いけど、この時間ならいいお店を知ってるよ。こっち」と言って、歩き出す。
俺は、見知らぬ年上美女の後ろを、「これで良いのか?」と悩みつつ、ちょこちょことついて行った。
それから、見知らぬ年上美女はこちらを振り返らず歩いた。
多摩地方の都市の一つに有る○○駅。色とりどりの灯り輝く駅周辺を横切る。
少し離れた古い商店街を抜ける。
飲み屋と住宅の混ざる狭い路地を抜ける。
路地を抜けて現れた四車線程の大通りを越えて、大通りに口を広げる細い路地に入った。
住宅街らしい。俺にとっては見知らぬ土地だ。
俺は来た道を振り返る。駅周辺高層ビルも、遠くのことように、屋上警戒灯を点滅させている。
しばらく歩いていると、古いアパートや木造家屋が増えてきた。
道の両サイドには、建物が並ぶ。斜めに並んだり十字路を作ったりと、先を見通せない迷路のようだ。
街灯は、道を点々と照らす程度だ。駅から遠ざかる程に、道はどんどん暗くなっていると感じる。
細い道を抜けたところで、前方は開けた。石畳に舗装された、真っ直ぐの広い通りが、姿を現す。
どうやら、古い飲み屋街のようだ。木造戸建てや小さな古いビルの入口に、赤提灯やらネオンやら、ぼうっとした赤や青や紫の光が、闇にいろどりをもたらす。ただし、闇を追いやる程ではない。闇にぼんやり浮かぶ程度で、全体的には薄暗い街だ。
通りの真ん中には銀杏並木が有って、秋風に落ち葉がカラカラと舞った。
見知らぬ年上美女は、古い飲み屋街を俺の先に立って歩く。俺は、薄暗い街に浮かぶ、見知らぬ年上美女の黒いシルエットに、黙ってついていく。
通りに人の姿はない。
時々、左右の古いビルや木造家屋から、人の笑い声が、壁越しに遠く聞こえて来る。
提灯の灯を消してある店、暖簾をひっこめた店もたくさん有る。もう、店じまいをしているのだろう。
俺は、駅からの距離を測るために、駅前高層ビルの屋上警戒灯を見ようと、歩きながら振り返った。
だが、住宅街の屋根たちの間から警戒灯は見えずに、ただ、闇夜が広がっているだけだった。それも、普段よりもその闇は深くて、黒絵具をべったり塗りつぶしたようだった。
「ここにしよう」という見知らぬ年上美女の声に、俺は元に直った。見知らぬ年上美女は、塀に囲まれた日本家屋の門の前に立ってこっちを向いている。
その門構えの重厚感は凄まじくて、圧倒される程だ。どうみたって高級料亭だった。
俺は、血の気が引くようにヒヤッとした。
先程までのおごってもらえる期待以上に、強い不審感が芽生えてきた。新宿で道案内をしただけなのに、ここまでお礼をしてもらうというのは、何か裏の意図でもあるのかもしれない気がしてきた。
第三章:奇妙な高級料亭にて|深夜の街灯り【怪談】
①なぜ?初対面の女性におごられる?料亭
そう思うと、笛田が飲み会で言っていたことが頭をめぐる。『やつれた上司の話し』だ。嬢に弱みを握られて貢いでいるのではないかという。
俺に当てはめてみる。もし見知らぬ年上美女におごられたなら、今後、「あの時いくらお金を払ってあげただの」弱みに付け込まれて、何ら要求をされるなんて…。
とは言え、期待感も残っていた。
見知らぬ年上美女に裏の意図なんて無いとしたら、こんなにもったいないことはない。憧れの美女に、高級料理をおごってもらえるしデート気分まで。
大体、電車の中で彼女と話した内容から推測するに、彼女はいい会社に勤めている上に独身である。高級な店で男一人おごるくらい、金銭的には驚くことはないだろう。
何に背よ、料亭に入る前に、お互いの意思等話しをする必要があると感じた。一旦入店をやめさせよう。
だが、見知らぬ年上美女はふっと笑って、とっとと門をくぐってしまった。まずいと思って、連れ戻そうと俺も門に飛び込んだ。
だけど、瞬間移動でもしたのか?俺が5m程先にいた彼女を追って門をくぐったところ、彼女は既に10m程の庭を横切って玄関にいた。そこで着物を着た従業員らしい中年女と話しをしている。
俺が門の辺りで立ち尽くしていると、従業員の中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いを浮かべながらこっちを見てきた。
何かカモにされている気もしてきた。期待と不安に揺れている俺だったが、ここで不安が勝りはじめた。
俺は、少し恥ずかしいが、見知らぬ年上美女をおいて逃げようと門へ振り返った。
ところが、振り返ると、門の前には、着物姿の若い女(中年女と同じ着物)が立ちふさがっているのだ。おそらく従業員だろう。俺に、「いらっしゃいませ」と言っていたずらっぽく笑った。
それから、「どうぞ、玄関はこちらですよ」と言いながら、俺に圧力をかけるように迫ってきた。
俺は、「見知らぬ年上美女から逃げるんです」とも言えずに後ずさりをして、見知らぬ年上美女と中年女の立つ玄関まで来てしまった。
それから若い従業員の女は、「どうぞお入りください」と言いいながらてきぱきと動く。俺は、「え、ああ、あの、そうじゃなくて」等言っている内に、玄関をくぐらされて、鞄を取られて、靴を取られて、スリッパまではかされた。
たじろぎながら、若い従業員の女の言いなりなっている俺。横では、見知らぬ年上美女と従業員の中年女が、相変わらず薄ら笑いを浮かべている。
それから、左手側がガラス張りである長い廊下を、先頭に中年女、その後ろに見知らぬ年上美女、最後に俺という並びで歩いた。中年女も年上美女も、黙っている。
お屋敷のような料亭は、外観だけでなくて内装も立派だった。ただ、薄暗い。
天井の灯りは床を点々と照らす程度。薄暗い廊下だ。おそらくは、左手側のガラス窓を通して裏庭は広がっているのだろう。でも、全く真っ暗で何も見えなかった。
やがて、中年女も見知らぬ年上美女も立ち止まった。
右手側に並んでいる障子戸の一つを、中年女が空けた。『ホオズキの間』と書いてある。並ぶ部屋に、歩いて来た方から順に、『い、ろ、は、に、ほ、へ、と、…』を頭文字とする花の名前が、部屋名として付けてあるよう。
廊下から部屋の中を見通すが、廊下同様に薄暗い。天井からつるされた電灯の灯りは、部屋の隅までを照らせていない程だ。
部屋の入口でスリッパを脱いで、畳に上がる。中央にテーブルと座布団が有り、奥には表玄関側の庭に面している窓がある。ただし、その窓から庭は見えず、やはり真っ暗だった。
中年女は俺を窓側に、見知らぬ年上美女を入り口側に座らせて、挨拶して出て行った。
「あの~」俺は向かいに座る見知らぬ年上美女に尋ねた。見知らぬ年上美女は、じっとメニューを見て返事をしない。
俺は続けた、「この店、高そうじゃないですか?」。
「そうでもないよ、高そうに見えるだけ」、見知らぬ年上美女はやっと返事した。
「でも、もう夜中ですよ、そんなに食べられないですよ」俺は言った。
不安の勝りはじめた俺は、今からでも「店を出よう」という方向にもっていきたい。
「解ってる。軽いものや飲み物中心にしましょう」、見知らぬ年上美女は、俺の意図をくみ取らないことを言う。
「途中で、眠たくなりそうですよ」、俺は言った。
「寝てていいよ、布団ぐらい敷いてもらえるから。私は好きな日本酒でも飲んでるから」。
俺は、真意を知るべく直球に聞いた、「ちょっと新宿で道を教えたぐらいで、こんなにしてもらったら申し訳ないですよ。何でここまで…」。
見知らぬ年上美女は遮って、「いいじゃない、私がおごるって言っているでしょ」と、何の感情も見えない淡々とした口調で言った。
俺も引き下がらず、「俺だって男ですよ、女性に奢ってもらうなんて野暮なことできませんよ」と言った。
彼女はメニューから顔を上げる。薄ら笑いを浮かべつつ、俺を見透かすように言った、「本当にそう思ってる?女が養わないといけないタイプだったりして」と。
俺は少し弱腰になりつつ、「そんなことないですよ、俺、ちゃんと生計立ててますから」と、虚勢を張った。
見知らぬ年上美女は、「じゃあ、助けてあげたいっていう女の子たちを突き放してきたんでしょ?」と言う。
俺は、そんな恋人がいればいいなとふと思った。しみじみ考えていると、「解りやすい人だね。そうだ、名前は何?何て呼べばいい?」、見知らぬ年上美女は言う。
「…米津です」、俺は応えた。
「米津…う~ん、下の名前は?」
「…秀行です」
「じゃあ、ひでっしーなんてどう?」
ヒデッシーということばに、小さい頃の記憶が呼び覚まされた。「…ああ、小さい頃に言われた気がする」、俺は応えた。
「女の子にでしょ?」、見知らぬ年上美女は聞いてくる。
「…ええ、小学校六年の時に低学年の女の子に言われた」、言いながら、俺はその女の子のことを思い浮かべた。そう言えば『心臓が求める女』の元祖は、その女の子であるような気もしてきた。その女の子は小六の俺に、小一ながら告白してきた。今思えば、度胸あるなと思う。あの時はどう応えていいのやら解らず突き放した。全く惜しいことをした。
「で、どうせ、その女の子を突き放したんでしょ?」、見知らぬ年上美女は俺の心を見透かすように言ってくる。
さらに見知らぬ年上美女は、俺を肯定するように「そういう男を追いかけたく女もいるのよね」と続けて、ゆっくりと俺に目を合わせて、ゆっくりと笑いかけてくる。
俺は、とりあえず愛想笑いを返した。同時に思った。そうか見知らぬ年上美女は、俺に好感を持っているんだと。
沈黙の時間の中、障子がゆっくり空いて、中年女が盆に湯呑を二つ載せて現れた。それを俺と見知らぬ年上美女の前に置いた時、見知らぬ年上美女は、中年女にアルコールと軽いつまみを頼んだ。
俺は、さらに思考をめぐらせた。もしかすると、世の中には、好感を持った男に対していきなりおごりたがる女もいるのかもしれない。
そう思うと、不安が勝っていた俺の気持ちに、期待が巻き返してきた。
どうする?
このまま見知らぬ年上美女への期待に賭けた時、的中すれば憧れの美女とのデート気分、高級料理、或いは先々の関係を手にできる。
一方、見知らぬ年上美女への不安が的中したなら、どうなる?美人局だとしたら、どれだけのお金を取られるだろう?
そうだ!いいことを思い付いた!
見知らぬ年上美女への憧れを、彼女と似た顔立ちの女優が出演しているDVDにぶつけよう。また、見知らぬ年上美女の登場する小説を書いてみよう。それで売れるんだ。
それこそが、今回の出会いに対する、俺にできることだ。高級料理はいただきたいが、そもそも、初めて会った女性のお金で高級料理をいただこうなんてのは、男として後々自慢できることでもないだろう。諦めるのがよろしい。
そうと決まれば、見知らぬ年上美女には申し訳ないが、ここは恥を忍んで、一人で脱走しよう。彼女を連れだって店を出るのは、先程の会話からして無理である。
俺は彼女に申し訳ないと思いつつ、「じゃあ、ちょっとトイレに行ってきます」と立ち上がった。
②脱出不可能?トイレで見た怪奇
俺は見知らぬ年上美女を横切って、部屋の入り口に至る。それから、スリッパをはいた。
入口の障子に手をかけようとした時に、自動ドアのように、障子が開いた。
そこには、中年女が、片手にお酒の入ったグラスをお盆に乗せて、片手は障子に触れている。
「あれ?どちらに?」と言う中年女に、「ちょっとトイレに」と俺は応えて、とっとと中年女の横を通り過ぎて廊下に出た。
「トイレは、出て右ですよ」、後ろから中年女が言う。
「ええ」と俺が応えると、中年女は部屋に入って障子を閉める。
俺はじっと立っていると、障子を隔てて、中年女と見知らぬ年上美女が、聞き取れない程の小さい声でゴソゴソ話すのが聞こえた。
その後、キャハキャハなんて高い笑い声。
バカにされている気もしたが、そんなことはどうでもよい。
中年女に「出て右」と言われたが、来た方は出て左だ。俺は、左に歩き出した。
薄暗い廊下をどんどん歩いた。先を見通せない暗さだ。
廊下を歩き続けてから、数分は経った。
そろそろ玄関に達してもよい気がするのだが、どこまで歩いても同じ景色が続くだけだ。
酔っていて、来た方向を間違えたのかとも考えた。それなら、部屋を出て右か?
俺は、振り返った。
長い時間歩いたと思ったのだが、ほとんど歩いていないように、ホオズキの間の障子がほんの五メートル程先に有った。
俺は驚いた。まるで、部屋が付いて来ているかのようにも感じたくらいだ。
驚きながらも、俺は引き返した。
ホオズキの間を通り過ぎる時、中年女が出て来た。「あれ?どちらに?トイレはこっちですよ」、そう言って部屋を出て右の方向を指差した。俺は、「ええ」と適当言いながら、さっさと中年女を横切った。
しばらく歩くと、難なくトイレに到達した。
俺はわけが解らずに、男子トイレの前で立ちつくして、溜息をついた。その時、耳元にいきなり息遣いを感じて、びっくりして振り返った。
そこには中年女が立っていた。俺はまた驚いて、飛び上がった。
「何をコソコソなさっているの?さっきから」、中年女は言ってくる。中年女を間近に見ると、妖気のようなものも感じた。
「あの、ええっと…」俺が答えられないでいると、中年女は俺をじっと見つめながら言った、「彼女は、あなたに気があるんだと思いますよ」。
俺が答えに困っていると、中年女はふっと笑顔を見せてから振り返り、暗い廊下を歩いて行って、闇へ消えた。
俺は金縛りにあったように動けないまま、中年女の背中を見送っていた。
それから、俺は用も無いものの、トイレに入った。
入ってすぐに有る壁に寄りかかって、また溜息をついた。
新宿駅からこの店に至るまでのこと、この店に入ってからのこと、いろいろと現実離れしている気がしてきた。
壁にもたれていると、正面に窓が有るのが目についた。俺は窓から脱出しようかと考えた。
窓へと歩む。そして、開けてみた。
そこには、絵具をべっとりと塗りたくったような真っ暗な空と、その下で、風に揺れる庭の草木。
俺は半ば冗談で、窓の淵に脚をかけてみた。
その時、窓の外、右側の方から、ガタンと音がした。
俺は、脚をかけたまま窓から顔を出して、そっちを見やると、さっき門で会った、若い従業員の女が、バケツを下げて立っている。
俺は、かけた脚を下ろした。顔をひっこめて半目だけ出して、若い従業員の女の様子を探った。
若い従業員の女は、バケツから液体の滴る塊を、庭に投げた。すると、庭中の草木の間から、毒蛇のような色模様をしたヘビが、次々と現れ出る。窓のすぐ下の草むらからも、次々ヘビが出てくる。
俺は、びっくりして、窓を閉めた。
何なんだこの料亭は?庭で蛇を飼っているのか?
俺の心臓は、バクバク言う。落ち着くために、壁に寄りかかった。ますます、現実世界にいる心地も薄れてくる。だが、夢とは違い何も覚めない。
しばらく、ため息をついたり首をひねったりしていたが、鼓動も収まってきた。
取りあえずトイレを出た。
そして、薄暗い廊下を、部屋へと歩いた。
部屋の前では、中年女が笑顔で待っていた。
中年女は俺を見ると、「戻ってきましたよ」と部屋の中に向かって言った。俺は中年女に適当に頭を下げて横切り、部屋に足を踏み入れた。
横切る時、中年女は俺に、まるで抜けない棘を刺すように「しっかりなさってください」と言う。部屋の中にいる見知らぬ年上美女に聞こえないように音量はおさえつつ、低くてそして怒りを研ぎ澄ました口調だ。俺に、恐怖をもたらすものとして刺さった。
おそるおそる中年女を振り返ると、そこに、先程までと変わらない笑顔の中年女が立っている。
そしてなれなれしく俺に近づいて、接客トーンに戻って俺の耳元でささやいた、「女性の方から誘っているのに断るなんて野暮でしょ。あなた、彼女はいるの?」と。俺は、「いえ」と応えた。
「じゃあいいじゃないですか。ちょっとだけ彼女のお相手をしてあげれば。彼女、うちの常連さんなんです。
見ての通り美人だし、それにね、お金持ち。あなたみたいに夢を追いかける男の人たちを応援したいんですよ」、
そう言って、中年女は後ろから俺の肩に両手をついて、部屋へ押すような姿勢を取る。
「そんな、ヒモ男にはなれませんよ」、俺は応えた。
「何言っているんです、欲のない。そんなんじゃ小説家の夢なんて叶えられませんよ」と、中年女は言った。
そんなものかなと考えていると、中年女は「さあさあ、どうぞどうぞ」と、俺を部屋にぐっと押した。
③ヒモ男?蛇の餌?
俺が畳に上がると、トイレに行く前同様、見知らぬ年上美女が、入口に背を向ける位置で座っていた。
その背中越しにテーブルを見ると、ピンク色の透き通った液体の入ったグラスと、野菜や肉や魚の皿が並んでいる。まさに豪華メニューだ。
そんな、色とりどりの皿を見て、俺から度胸が消えうせた。同時に、不安と期待に揺れる俺は、不安の勝利に決着した。
俺にこれだけのただ飯を食らう図太さはない。
「遅かったね、じゃあ乾杯しよう」と、見知らぬ年上美女は座ったまま振り返る。俺の不安な気持ちには、構わないように。
俺は強行的に逃げようかと、振り返った。
振り返ると、中年女が部屋の入口の戸を閉めずに立って、こちらに微笑んでいる。出られない。
多少諦めつつ、俺は席についた。でも、どこかでチャンスを見つけて、逃げるつもりだ。仕方なく「乾杯」と言い合い、グラスをガチャンと言わせた。
それを見て、中年女は入口の戸を閉めた。
口をつけると、強い香りのまったりした日本酒だった。俺は、頭の中で金の計算をしていた。日本酒一杯なら所持金の数千円でも払えるはず。
俺が皿に手を付けないでいると、「どうしたの?もう、食べられない?」と、見知らぬ年上美女は聞いてくる。
「ええ…あなたに会う前に、友人と新宿で飲んでたんですよ。お腹いっぱいで」と適当に応えていると、「そう。食べられないならたくさん飲んで」と言って、グラスを一気飲みするよう勧める。さらに、メニューの飲み物ページを開いた。
俺はこの日本酒の、妖しさ有る強い香りが癖になりそうであった。飲み干した時には、おかわりを頼みたかった。だが、心の中で首を振った。
それから見知らぬ年上美女はメニューを指さしてあれやこれや勧めてくるが、俺は断った。さまざま話しかけてくるも、適当に返事をした。
そして、話しが途切れたところで、「そろそろ帰ります」と言った。
見知らぬ年上美女は、怒り混じりの溜息をついた。
それから、「すいません!」と、大きな声で従業員を呼んだ。
入口の障子が空いて、中年女が再び登場。
見知らぬ年上美女は立ち上がって、中年女のもとへ行く。
二人で、何やら話し始めた。こっちには聞こえてこない程に小さい声だ。
ただ、ところどころで強い口調になることも有って、ことばを聞き取れた。「なんとかして」「あれじゃ役に立たない」「でもなかなかいないよ」等。
話す二人の表情は、先程と打って変わって、全く愛想の無いものだ。何度か、こっちをちらと見てきた。値踏みされている気もした。
俺と目が合うと、先程のような愛想の良い笑顔にさっと表情を戻す。俺は、適当に笑い返しておいた。
そんなことを繰り返していると、中年女と見知らぬ年上美女の話は付いたようだ。
中年女が、「それじゃ、用無しだね」と言う。そして、二人してこっちを見て来る。
「とんだ役立たずのようね」、「バカだよね、夢が叶のに」、中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いをしつつ口々に言う。だんだんとおどろおどろしくなってきたように思う。
それから、「蛇の餌にでもすればいい」、「そうだね」とも言った。
さらに、一瞬、見知らぬ年上美女と中年女が、見たこともない程歳をとった老婆になった気がした。
背筋が凍るような衝撃が走ったが、同時に『蛇の餌』と聞いてはっとするものがあった。さっきトイレで見た、若い従業員の女が、何かのしたたる塊を蛇に与えていた。
逃げないといけない。そう思った。
背面の窓を振り返り、窓から逃げられないかと見る。羽目殺しで、開かないタイプだ。
よって、中年女と見知らぬ年上美女の立っている、この部屋の入口からでないと出られない。
俺は立ち上がって、恐怖を隠しながら、何も考えないようにしながら、二人の方へ歩いた。
二人を直接見ないようにしていたが、視界の隅に、薄笑いを浮かべながらこっちを見ている二人がいる。
俺は二人を通り過ぎながら、「もう一度トイレに行ってきます」と言った。
二人は不気味な薄笑いを浮かべながら、俺の経路をふさいで来る。
俺は恐怖を無理やり隠しつつ、焦りつつ、愛想笑いを作って、「トイレに行かしてくださいよ」と言って、片手を出して二人を押しのけるような動作をした。
すると、その腕を、中年女がガッシリつかんできた。
俺の中で、恐怖は爆発した。
焦って、腕を振って、振りほどこうとした。
だけど、女性とは思えない、とんでもない力であって、中年女の手が外れない。いや、ビクとも動かすことはできない。
「バカな男だよ、何を気にしてんのかね。あんたみたいな男でも役に立てる場所を提供してやっているのにさ」中年女はそう言うと、俺の腕を強引に引いた。
そのまま俺は、引きずられるように、廊下へ出させられた。
綱引きで勝ち目がないので、俺は俺の腕をつかんでいる中年女の腕をバシバシたたいた。だけど、中年女は全く意に介さない。そのまま、廊下をどこかへと引っ張っていく。
俺はたたくのをやめて、「解りました、彼女のヒモ男になります!」とヤケで言った。
だが中年女は、「遅い。あんたからは欲望を感じない。ヒモ男になったとして、たかが知れている。役立たずめ。」と応えて、なおも、俺を引きずるように、廊下を歩く。
その時、前方から、若い従業員の女が慌てて走ってくる。中年女の前まで来て、「お嬢さんはどこです?」と尋ねた。
「ホオズキの間にいるよ。このバカ男に失望してね」、中年女は俺をにらみつけてきた。
若い従業員の女は、「早くお嬢さんを呼んでください。いい男がこっちに向かってます」とはしゃぐように言う。
すると中年女は、「え?本当?」と言って、目の色を嬉々としたものに変えた。
そして、俺のことなんて意識から抜け落ちたように手を放し、若い従業員の女と一緒に、薄暗い廊下を走って行った。
俺は、それからのことを、全く覚えていない。
若い従業員の女と中年女の小走りをする後ろ姿を見ていたはずだが、夢を見ていてふと目を覚ますように、場面は切り替わったのだ。
④廃墟にて奇妙な恋愛?
俺は暗い場で寝転がっていた。カビ臭さは鼻をついた。
起き上がって周囲を見回すと、月明かりや街灯にぼんやり浮かぶ程度の、薄暗い家屋だ。ところどころ、崩れている。人の生活音も、全くしない。外からどこか遠くのバイクのエンジン音が耳に入るものの、家屋内は全くシンと静まっている。
おそらく廃墟だ。
それから、先程までいたはずの、見知らぬ年上美女たちもいない。
俺は今まで、夢を見ていたのか?
飲み会帰りに、眠気に耐えられなくなって、廃墟を見つけて寝てしまった?年上美女は、寝ていた時に見た夢?
筋は通るが、これまで、俺は酔っていても路上や廃墟で寝たりの経験はない。
納得できる答えは見つからないものの、この廃墟にいるわけにもいかない。
俺はせき込みつつ立ち上がり、廃墟から歩み出た。
夜明け間近なのか、空は夜闇が弱まって、青みの目立つ藍色だった。
スマホの時計を見ると、朝の4時だった。メールも受信しているようだ。
メールを開く操作をしつつ、周囲を見回す。壊れた石畳の通りあり、通りに沿って廃墟が並んでいる。通行人もいるのか、古い街灯がポツポツ並ぶ。
俺は、この風景に見覚えがあった。
これら廃墟に提灯等がともり、石畳の道を舗装すれば、先程見知らぬ年上美女と一緒に歩いた飲み屋街だった。
周囲の風景に俺ははっとして、まさかとは思いつつ、俺は廃墟の玄関に戻る。
そして、玄関横に、見覚えあるフロントの棚。さらに、そこには、俺の鞄も有る。また、フロントは逆に、靴箱も有る。やはり、俺の靴も有る。
夢と思いかけていたものと、目の前に見ているものの一致。何が現実なのか曖昧になるような思いで、しばらくは動けずにいた。
解決しそうにないので、とりあえずメールを見る。相手は白壁からで、0時頃の受信だった。
開くと、『飲み足りない。これから独身二人で飲もう。今から米津のアパートに行くよ。今新宿だから、30分程で着くと思う』とあった。
4時間も前に受信したメールなので、白壁はとっくに俺のアパートに着いているはず。
だけど、この後に白壁からのメールの受信は無い。
白壁の現在の状況がよく解らない。
とりあえずアパートに帰るべく、夢だろう、先程見知らぬ年上美女と歩いた記憶からして引き返すように、道を歩いた。
すると、ちゃんと〇〇駅にたどり着いた。
それから、始発前の〇〇駅を横切り、アパートに戻った。
アパートの玄関に白壁が待ってはいない。俺は鍵を開けて部屋に入った。
俺は『来ないの?』とだけ返信しておいて、シャワーを浴びて、歯を磨いて寝た。
その日の日中、白壁から『米津のアパートに行く途中で、街で出会った女に気に入られてしまった。米津のアパートに行くのは今度な』とメールがあった。
その後、何度か白壁が俺のアパートに来る約束をしたことがあったが、全てすっぽかされた。
どうにも、俺のアパートに向かっていると、たまたまその女と新宿辺りで会って、○○駅辺りで飲んで、俺のアパートには到達しないらしい。
まあ、白壁にはいい加減な面もあるので、気にしないでいた。
一か月くらいして、また、新宿駅周辺の居酒屋で、白壁、笛田、俺の三人で飲み会をした。
そこで会った白壁は、別人に見える程痩せこけていたのだった。
第四章:小説家になる方法の一つ?交錯する歴史も|深夜の街灯り【怪談】
やつれていることを指摘すると、白壁は、最近ネット小説の売れ行きがよく、ファンのためにも毎日更新したりして時間が無くて、パン一枚で一日を過ごすことも多々有るので、そのせいだろうという。また、羽振りが良いので、三人分おごってくれるとのこと。
俺も笛田も、それは申し訳ない止せと言うと、白壁は、米津のアパートに行く時に限って〇〇駅で会う30半ば程の女に〇〇駅外れに有る古い日本家屋の料亭で奢ってもらっているから、たまには自分も誰かにおごらないと申し訳ないという。
新情報として、白壁は大学時代から恋愛していた女と破局したことを発表した。
その後、白壁がトイレに行っている時、俺と笛田は白壁について話した。
笛田は、白壁のやつれ方が、例の上司のやつれ方と似ているのが気になると俺に言う。
また俺の気になっていることは、白壁の言う『30半ば程の女に〇〇駅から少し外れたところに有る日本家屋の料亭でおごられている』ことである。
もしかして、俺が見た(夢の中のことだろう)見知らぬ年上美女や廃墟と同じだったら。
まあ、非現実的な話しなので、笛田には言っていない。
また笛田は、やつれた上司の話しに付け加えをした、「そうだ新情報で、そのやつれた上司、趣味のバンドで大きな収入があったんだ。
音楽の才能が有るようには見えないんだけどな、まあ、本業を適当なくせに副業が有るって腹が立つけどな。とは言っても公務員の副業は禁止だからなあ、もう辞めるつもりだろうよ。
そう言えば、あの上司も〇〇駅付近に住んでいる。米津と同じだな」と。
それからはいつも通り、意味の有ること無いことをしゃべった。
やつれている白壁だが、話すこと等色々いつもの通りだし、命の危険もなさそうだったので、しばらく様子見にした。
それにしても、「○○駅周辺」に、何か有るのだろうか?
やつれた笛田の上司は、俺と同じく〇〇駅付近に暮らしている。
白壁は、〇〇駅周辺に有る俺の暮らすアパートに向かっている途中に、30半ば程の女に出会ったあたりからやつれたと思われる。
夢の中のことと思うけど、俺が行った○○駅周辺の料亭。
そして、白壁の言う30半ばの女と俺の思う見知らぬ年上美女は、同一か?(まあ、そんなわけもないだろうが、小説家として話としては面白いと思う。)
翌日土曜日。
気になった俺は、〇〇駅周辺に在る市立図書館で、類似の出来事は発生していないか、記録を探して見た。
図書館の検索エンジンで、「いきなりげっそりと痩せた者」「げっそりと痩せた小説家」「げっそりと痩せたバンドマン」「30半ば程の女」等をキーワードに、検索した。
本文やタイトル等に、そうした文言の本や新聞記事や雑誌が、古いもの新しいもの問わずに、ヒットした。
それらを掻い摘んで読んだところ、いくつかのものに、共通点も浮かび上がった。それは、痩せた者に関する次のもの。
・○○市(○○駅が有る)内で活躍した。
・絵描きや詩人等芸術関係者が多い。
・いきなり成功して、また成功後にやつれた。
・30半ば程の女と、恋愛のようなそうでないような妙な関係になったと、本人は述べている。また、配偶者や婚約者との関係は破たんしたこと。
また、年代は現代~明治時代に絞られた。最も古いものは、明治時代のものだ。
それならと、市の明治時代の歴史に関する書籍を、何冊もピックアップした。
それらを流し読みしていると、一冊に、「文化人の活躍を支えた女性」のことが書いてあったた。本案件に関係有るものかと、集中力を上げて読んでみた。
その女性の説明文を要約すると、次のもの。
『明治時代に現在の〇〇市(○○駅が有る)の名家に生まれた女で、自身敏腕経営者として名をはせる一方、売れない絵師等を恋人として援助して後、絵師等が有名人になると、決まって破局を繰り返した』。『晩年は行方不明』。
説明文の最後に、その女性経営者の写真も印刷されていた。明治時代の古い白黒写真だ。
俺はその写真を見て、衝撃が走った。
その顔は、俺があの夜に出会った見知らぬ年上美女と瓜二つなのだ。
錯覚ではないかと、もう一度しっかり写真の女を見る。すると、写真の女は俺に微笑んだような…。
俺は、びっくりして本を閉じた。
以上、「深夜の街灯り【怪談】」。
※本小説はフィクションであって、実際にある土地名や団体等とは一切関係ありません。
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