浮かれ男の学祭【怖い話・短編】
(本話の分量は、文庫本換算2ページ程です。)
俺は、多摩地方に有る大学の学生。その日は、学祭だった。
この学祭で、俺はナンパをする。そんな野心に燃えていた。
クラスに仲の良い女の子はいるものの、恋愛対象ではない。どうせだ、好みの女の子と恋愛してみたい。
俺は、あっちの校舎、こっちの広場、ナンパをさせていただくお相手を探しつつ、今、一つの校舎内にいた。
お!
ガラス扉の玄関を通じて、校舎前ベンチに、ボディラインを強調するセクシーな衣装に身を包んだ女の子の座っている後姿が、目に入った。そそられるし、セクシー衣装の女の子をナンパするなんて、学祭らしくて良い。
さて、お顔を拝見させていただこう。俺は彼女へと向かって歩く。校舎の玄関を出る。ベンチまでもう少し。
その時。彼女は立ち上がる。そのまま前方へと、こちらを振り返ることも無く歩き出す。
あ、待ってくれよ。俺は彼女を追いかけた。追いかけつつ、ヒップラインを拝見できた。改めてエロいと思う。
人でごった返す学祭中のキャンパスを、右に左に避けつつ、俺は彼女を追う。その内に、キャンパスの端の方にまで来てしまった。この辺までくると人も疎らだ。彼女は、喫煙スペースを横切って、キャンパスの端でひっそりと佇む小さな棟に入っていった。
俺も、彼女に続いて校舎へと入った。俺が校舎に入った時、彼女は10m程先、静かな長い廊下を固いハイヒールでコツコツと反響させながら歩いていた。彼女以外、見える範囲に人はいない。この棟は、学祭と縁遠いと感じる。楽し気に盛り上がる学祭の音楽は、関係の無いことのように、壁や窓越しに遠くに聞こえる。彼女や俺の歩く音の方が目立つ。
このような人目の少ない場所でのナンパとなると、俺としては周囲の目が無いのでやり易い。でも、彼女にとっては、知らない男と二人っきりで怖いかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、彼女は、廊下に並ぶドアたちの内の一つの前で立ち止まって正対してガチャリと押して入っていった。その時に見えるはずだった彼女の横顔は長い前髪で見えず、ドアノブに添えられた手は手袋をしていた。
俺は、彼女から遅れること数秒後、丁度ガチャンと閉まる音のした、そのドアの前に立った。ドア越しには、部屋の中から物音はしない。
開けてみる?でも、特定のサークルが借りている部屋だったら?更衣室だったら?不安になりつつも、張り紙もせず集会したり着替える方がいけないから、すいませんとでも言って閉めればよいだろう、そう思い付いた。
俺は、ゆっくりとドアを開けた。ドアのきしむ音が、部屋の中に反響する。
そこは広い部屋だった。何列もの長椅子や長机が舞台に正対している(俺に側面を向けている)。彼女は、長椅子や長机の間でこちらに背を向けて、じっと立っていた。彼女と俺以外、誰もいない。広い部屋は、俺の息すら反響する程に静まり返っている。
ドアの外に立って恐る恐る中を覗いていた俺だが、一歩踏み出して半身を部屋に入れて、ドアを支える(このドアは手を離すと閉まる設計)。さて、何と話しかけよう?相変わらず、彼女はじっとしている。そうだ。道に迷ったふりをして、彼女に声をかけようよう。そう言えば、さっき、学祭メイン広場で水色なんとかというサークル名を見かけた。
俺は彼女に、「あの~、こちら水色何とかってサークルの部屋でしょうか?」と尋ねた。俺の声は反響して、大教室中を飛び交う。だが、彼女は返事をしない。微動だにせず、こちらに背を向けたまま、じっとしている。聞こえていないわけないよな?そもそも何でずっと動かない?
俺は身体を部屋に入れてドアを手放し、彼女へ向かって歩く。歩いていると、後ろから「ガチャリ」と閉まる音が音がして、大教室中へ反響する。「あの~」と言いながら、なおも、俺は彼女に近づいた。それでも、彼女は微動だにしない。
俺はもう、彼女のすぐ後ろまで来た。もしかして、俺をからかっているのか?「何で黙っているんですか?」と言いつつ、彼女の正面へと躍り出て、彼女の顔を覗き込んだ。俺はことばを失った…。
それは、まぎれもなく、マネキンだった。
背筋から全身へと、凍り付かせる冷たいものが広がる。冷たさは、はっきり不安と恐怖として認知された。自然と呼吸が上がった。相変わらず、彼女は(マネキンは?)じっとしている。不安と恐怖に攻められつつも何とか正気を保つ俺は、ゆっくりと後ずさりをはじめた。騒いだら、マネキンは目覚めてしまうような気もするのだ。
そろりそろりと後ずさりを続けると、マネキンとの距離は少しずつ広がっていく。今のところ、マネキンは目覚めていない。
やがて、入口扉へとたどり着いた。そして、入口扉を後ろ手に開けた。廊下に足を踏み出す。俺は、恐怖を行動へと爆発させた。
身体を反転させ、正面を向いて廊下を猛ダッシュした。長い廊下だと感じた。走りつつ振り返って、マネキンが迫って来ていないか焦った。
猛ダッシュのまま棟玄関を出た。
なおも走って、喫煙スペースまでたどり着いた。喫煙スペースに居た者たちは、キャンパス内を猛ダッシュする俺を不審な目で見てきた。俺はその目に、恐怖心も紛れるのだった。
その後の学祭。また人でごった返す賑やかなエリアに戻ると、学祭の楽しい雰囲気へと俺の気持ちも溶け込んで、マネキンのことは徐々に頭から離れていった。俺の勘違いだった気すらしてきた。
ただし、ナンパはもう、する気にならなかった。
それから、学祭から何週間か経った。その間、俺は怪奇現象に見舞われていない。
とは言え、相変わらず、ナンパをする気にはならない。しようとすると頭をよぎるのだ「また学祭時のマネキンのような出来事に遭遇してやはり俺の勘違いではなくて怪奇現象だったのだと証明してしまうかもしれない」、と。
以上「浮かれ男の学祭【怖い話・短編】」。
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俺は、多摩地方に有る大学の学生。その日は、学祭だった。
この学祭で、俺はナンパをする。そんな野心に燃えていた。
クラスに仲の良い女の子はいるものの、恋愛対象ではない。どうせだ、好みの女の子と恋愛してみたい。
俺は、あっちの校舎、こっちの広場、ナンパをさせていただくお相手を探しつつ、今、一つの校舎内にいた。
お!
ガラス扉の玄関を通じて、校舎前ベンチに、ボディラインを強調するセクシーな衣装に身を包んだ女の子の座っている後姿が、目に入った。そそられるし、セクシー衣装の女の子をナンパするなんて、学祭らしくて良い。
さて、お顔を拝見させていただこう。俺は彼女へと向かって歩く。校舎の玄関を出る。ベンチまでもう少し。
その時。彼女は立ち上がる。そのまま前方へと、こちらを振り返ることも無く歩き出す。
あ、待ってくれよ。俺は彼女を追いかけた。追いかけつつ、ヒップラインを拝見できた。改めてエロいと思う。
彼女の後姿を追いかけてたどり着いた場所とは…|浮かれ男の学祭【怖い話・短編】
人でごった返す学祭中のキャンパスを、右に左に避けつつ、俺は彼女を追う。その内に、キャンパスの端の方にまで来てしまった。この辺までくると人も疎らだ。彼女は、喫煙スペースを横切って、キャンパスの端でひっそりと佇む小さな棟に入っていった。
俺も、彼女に続いて校舎へと入った。俺が校舎に入った時、彼女は10m程先、静かな長い廊下を固いハイヒールでコツコツと反響させながら歩いていた。彼女以外、見える範囲に人はいない。この棟は、学祭と縁遠いと感じる。楽し気に盛り上がる学祭の音楽は、関係の無いことのように、壁や窓越しに遠くに聞こえる。彼女や俺の歩く音の方が目立つ。
このような人目の少ない場所でのナンパとなると、俺としては周囲の目が無いのでやり易い。でも、彼女にとっては、知らない男と二人っきりで怖いかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、彼女は、廊下に並ぶドアたちの内の一つの前で立ち止まって正対してガチャリと押して入っていった。その時に見えるはずだった彼女の横顔は長い前髪で見えず、ドアノブに添えられた手は手袋をしていた。
彼女と二人っきり!ナンパは成功するかな?いや、それどころではない?|浮かれ男の学祭【怖い話・短編】
俺は、彼女から遅れること数秒後、丁度ガチャンと閉まる音のした、そのドアの前に立った。ドア越しには、部屋の中から物音はしない。
開けてみる?でも、特定のサークルが借りている部屋だったら?更衣室だったら?不安になりつつも、張り紙もせず集会したり着替える方がいけないから、すいませんとでも言って閉めればよいだろう、そう思い付いた。
俺は、ゆっくりとドアを開けた。ドアのきしむ音が、部屋の中に反響する。
そこは広い部屋だった。何列もの長椅子や長机が舞台に正対している(俺に側面を向けている)。彼女は、長椅子や長机の間でこちらに背を向けて、じっと立っていた。彼女と俺以外、誰もいない。広い部屋は、俺の息すら反響する程に静まり返っている。
ドアの外に立って恐る恐る中を覗いていた俺だが、一歩踏み出して半身を部屋に入れて、ドアを支える(このドアは手を離すと閉まる設計)。さて、何と話しかけよう?相変わらず、彼女はじっとしている。そうだ。道に迷ったふりをして、彼女に声をかけようよう。そう言えば、さっき、学祭メイン広場で水色なんとかというサークル名を見かけた。
俺は彼女に、「あの~、こちら水色何とかってサークルの部屋でしょうか?」と尋ねた。俺の声は反響して、大教室中を飛び交う。だが、彼女は返事をしない。微動だにせず、こちらに背を向けたまま、じっとしている。聞こえていないわけないよな?そもそも何でずっと動かない?
俺は身体を部屋に入れてドアを手放し、彼女へ向かって歩く。歩いていると、後ろから「ガチャリ」と閉まる音が音がして、大教室中へ反響する。「あの~」と言いながら、なおも、俺は彼女に近づいた。それでも、彼女は微動だにしない。
俺はもう、彼女のすぐ後ろまで来た。もしかして、俺をからかっているのか?「何で黙っているんですか?」と言いつつ、彼女の正面へと躍り出て、彼女の顔を覗き込んだ。俺はことばを失った…。
それは、まぎれもなく、マネキンだった。
俺の勘違いなのか?怪奇現象なのか?|浮かれ男の学祭【怖い話・短編】
背筋から全身へと、凍り付かせる冷たいものが広がる。冷たさは、はっきり不安と恐怖として認知された。自然と呼吸が上がった。相変わらず、彼女は(マネキンは?)じっとしている。不安と恐怖に攻められつつも何とか正気を保つ俺は、ゆっくりと後ずさりをはじめた。騒いだら、マネキンは目覚めてしまうような気もするのだ。
そろりそろりと後ずさりを続けると、マネキンとの距離は少しずつ広がっていく。今のところ、マネキンは目覚めていない。
やがて、入口扉へとたどり着いた。そして、入口扉を後ろ手に開けた。廊下に足を踏み出す。俺は、恐怖を行動へと爆発させた。
身体を反転させ、正面を向いて廊下を猛ダッシュした。長い廊下だと感じた。走りつつ振り返って、マネキンが迫って来ていないか焦った。
猛ダッシュのまま棟玄関を出た。
なおも走って、喫煙スペースまでたどり着いた。喫煙スペースに居た者たちは、キャンパス内を猛ダッシュする俺を不審な目で見てきた。俺はその目に、恐怖心も紛れるのだった。
その後|浮かれ男の学祭【怖い話・短編】
その後の学祭。また人でごった返す賑やかなエリアに戻ると、学祭の楽しい雰囲気へと俺の気持ちも溶け込んで、マネキンのことは徐々に頭から離れていった。俺の勘違いだった気すらしてきた。
ただし、ナンパはもう、する気にならなかった。
それから、学祭から何週間か経った。その間、俺は怪奇現象に見舞われていない。
とは言え、相変わらず、ナンパをする気にはならない。しようとすると頭をよぎるのだ「また学祭時のマネキンのような出来事に遭遇してやはり俺の勘違いではなくて怪奇現象だったのだと証明してしまうかもしれない」、と。
以上「浮かれ男の学祭【怖い話・短編】」。
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