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或る旅館で見た夢【怖い話・短編】

(本話の分量は、文庫本換算2ページ程です。)



今、部屋の時計は、深夜の1時半。重たい目をシパシパしつつ、歯を磨く。TVの音も耳に入るだけであって意味を得ない。

俺(男・22歳・大学生)は、冬休みを利用して、東北の田舎へと一人旅に来ていた。昼間は自然溢れる観光スポットを歩いて、夕方にこの高級旅館へ。

今日一日をぼんやりと思い出すに、壮大な湖の畔の散歩にも、旅館の山の幸溢れる料理にも雪山を眺めながらの露天温泉にも満足したというのが目立つ印象だ。ちょっとした憧れから奮発してこの高級旅館に宿泊したのだが、改めて部屋を見回すに、やはりビジネスホテルとは違う。落ち着いた色合いの畳、有名作家の手によるのだろうか?重みと迫力のある木彫りの熊、穏やかなる湖か池かに船を浮かべて釣りする人を描いた水墨画、畳エリア有りリクライニング有る窓際エリア有り10人で宿泊しても狭いと感じないだろう広さ。

やっとの思いで歯を磨き終える。TVの電源や部屋の灯りを消して布団に入った。



暗くて静かな部屋だと実感する。さっきまで流れていたTVの音はもうしない。俺自身動いてドタドタ言う音もない。季節は冬で、虫の鳴く声もしない。

目を閉じると、シンと静まっているその静けさが気になりだす。

目を開けてみるが、闇が何かの意図を持って俺を包み込んでいるような気がする。闇で見えない熊が動いている気もする、水墨画の船上の人は意思を持ってこちらを見つめている気もする。

そんなこんな怪談の類の恐怖が芽生えてきた。





それは救いなのか?賑やかなお隣さん|或る旅館で見た夢【怖い話・短編】


高級旅館特有の広さも、恐怖にはよろしくない。窓から入る月明かりのおかげで部屋の隅々までは真っ暗にならないが、広いため明かりの届かない真っ暗なところも多い。

そんな真っ暗な方を見つめてみると、真っ暗闇の奥に、何かいる気もする。目を凝らして真っ暗闇を見つめると、闇からすーっと白い手でも伸びてきそうで、怖くなってきた。目を閉じる。もう、暗闇は見ないようにしよう。幽霊というのは、こうして想像されるのかもしれない。

目を瞑っていると、壁を隔てて「キャハハハ」と女の人の笑い声が聞こえてきた。俺は反射的にふと目を開けた。笑い声の後に男の人の低い話し声も続いた。

隣の部屋の客たちだろう。そう納得すると、枕元のスマホを手に取って深夜の2時だと確認の後、目を閉じた。





その笑い声は壁の向こうのものかこっちのものか?|或る旅館で見た夢【怖い話・短編】


隣の部屋の声は、クレームを入れる程ではない。むしろ、幽霊を意識してしまう静けさに比べたら、良いかもしれない。目を閉じていると、身体はじわりと疲れや眠気を思い出して心地よくなってきた。意識はぼんやりとしてくる。

おそらくは眠りに落ちた、その時のこと。先程の女の笑い声が、いきなり耳元で響いた。俺はびっくりして、上半身が飛び起きてしまった。

でも起きてみると、先程と状況の変わらない暗い部屋であることに気付く。俺一人いるだけである。相変わらず壁を隔てた隣の部屋では、女と男の笑い声話し声は続いている。

スマホを手に取ると、深夜の3時だった。1時間程寝たようだ。



また身体を横にして、目を閉じた。やがてまた、うとうとしてきた。おそらくは眠りに落ちた。

だがその時。男の低い声が耳元で響いて、びっくりして上半身が起きた。

だがやはり、先程と同じだった。暗い部屋にAさんが一人いるだけである。

スマホを見ると、深夜の4時である1時間程経っている。相変わらず隣の部屋では、笑い声や話し声は続いている。





従業員に言われて驚いたこと|或る旅館で見た夢【怖い話・短編】


その後も、少し寝ては耳元で声が響いたように感じて、目が覚める。これの繰り返しだった。

何度目だろう、朝日を感じた。スマホの時刻を見ると、朝食に合わせてセットしたアラームの15分程前。もう起きよう。何度も目が覚めたせいだろう、疲れはすっきりせず、眠たい。隣の部屋と隔てる壁を見やるが、話し声はしない。

俺の認識では、隣の部屋の客をうるさいとは思わない。でも無意識には話し声に刺激されていたのかもしれない。そうだとすると、今日もAさんはこの旅館に宿泊するので、困る。一応、従業員さんに言っておこう。

布団から出て身支度をした辺りで、朝食が部屋に運ばれて来た。俺は、食事を運んできた従業員さんに、小心者のためクレームだと解釈されないようやんわり、隣の客が多少うるさかったと伝えた。

その時の従業員さんの反応は、忘れられない。

「お隣ですか?…」と言った従業員さんは少し戸惑い、「今宿泊をされておられる方は、お客様お一人でございますけど…」と。それから言いつくろうように、「お外で、騒ぎになられる方も時々おられますからわたくしどもでも注意します」と言った。

俺は、恐怖が湧き上がりかけたが強引に抑えるように思考は真っ白になった。真っ白になりつつ、昨日のことは眠気といった静まろうとする神経作用と旅行の楽しさ等といった高揚する神経作用という相反する神経作用が混在したことによる錯覚のようなものだったのではないか、つまりは全て夢だったのではないかと、とっさに強引に結論付けた。



旅行から帰宅して後、何日も経つものの、俺自身にも周囲にも、特に困ったことはない。旅先での、ちょっとした思い出と思っておくことにした。


以上「或る旅館で見た夢【怖い話・短編】」。



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