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土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】

この話は、或る男が、旅行先で太古世界を彷徨ったかもしれない話、その時に見た怪奇的光景が気になって、旅行後に心理と歴史の調査にのめり込んだ話です。

果たして、男の見た光景とは?また、太古世界へ分け入る奇怪な方法とは?


(分量は、文庫本換算7P程。次の目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他の話は「本blog全記事の一覧」へ。)




第一章:「土の記憶」のメカニズム|土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】


自然あふれるこの地への旅行。今、俺(駿河台辰実・獣医師・30歳)は、或る山の頂に立った。低い山ではあるが、遠くを見通せる。

緑の山々がいくつもいくつも、地平線へと折り重なっていて、その先では夕日が柔らかなオレンジに輝いている。夕日をバックに、紫のちぎれ雲は、追いかけっこをしている。



日頃は、人間の作ったルールやら人間の作った予定で成立する文明社会に生きる俺。

目の前には、文明社会のことなんて関係なく広がる大自然。

心地の良い諦めのような気にもなった。



同時に、「人間社会と関係の無いこの大自然の中に、人知の及ばない存在も有ったりして?」なんて、冗談めいた想像もしてしまうのだった。



何にせよ、綺麗な風景だ。いきあたりばったりで決めたこの旅行だが、成功だろう。



それから、俺は下山。

旅館に到着すると、温泉に浸かった。

温泉から上がると、山の幸溢れる食を頂いた。

夜中にまたフラりと、二度目温泉につかった。

悠々自適な一人旅だ、そんなことを思いながら、出入り口前ソファーに座って、冷たいジュースを片手にくつろいでいた。



その時。

同い年くらいの男が現れて、笑顔で俺に近づいて来た。

その笑顔は好感を持てるが、何と言えばよいのだろう、接したことのない笑顔であって、興味と警戒心とを抱かせるのだった。

男は、テーブルをはさんで向かいのソファーに立って、俺に、名と所属会社名を述べて挨拶して、腰を下ろした。

それを聞いて、警戒心は解けた。何のことはない、旅行会社の一員だった。



そして、明日のプランを提案してきたのだ。

それは、「土の記憶」というものである。何でも、太古世界を旅できるというのだ。

この旅行で、旅行会社にしてもらったことと言えば、旅館と自然溢れる絶景ポイントと周辺の商業施設を教わって、それらをお得に利用する割引チケットを得たのみ。

ただ、気になることも言っていた、「条件が合えば、太古世界を旅できるかもしれない」と。

詳細を訪ねたが、特殊技能を持った社員でないと、説明できないなんて言っていた。

今、目の前の男の言っていることは、旅行会社の言っていた「条件が合えば~」のことだろう。

俺は、「イリュージョンのようなものか?」と、男に尋ねる。

男は「そうではない」と言って、メカニズムを説明し始めた、


「例えば、生物は自身にふりかかる光をとらえて、自身内部で処理して、「見る」ことをできる。自身に降りかかる空気の振動をとらえて、自身内部で処理して「聞く」ことをできる。

土にも日は当たり、空気の振動を受け、動物に蹴飛ばされたりして、いろいろな作用が刻まれている。ただし、土は生物と違って、自身内部で処理するは、おそらくできない。

でも、土に刻まれたものは、確かに有る。


そんな、土に刻まれた光の影響を人間の視覚としてとらえなおす、土に刻まれた空気の振動の影響を人間の聴覚でとらえなおす等すれば、土に刻まれたものを、まるで、人の五感に変換してとらえなおす。

そんなことをできたらどうでしょう?土は、太古の昔から存在していますから、太古の世界を知れますね。

私は、そんな、土に刻まれたものを読み取れる能力者の一人。

さらに、私は、私以外の人間もまた五感でとらえられるように、伝達をできる。


よろしければ、明日、旅館裏手の山に登ってみてください。

頂上辺に有る大きな石に座って、目を閉じて、意識を周囲に任せてみてください。

周辺の土等に刻まれたものを、あなたは自身の五感のように捉えられるでしょう。私が、変換のようなことをしてあげていますので。

まるで、太古世界へ足を踏み入れたかのような体験となるでしょう」と。



俺は思った、男はイリュージョンのことを、雰囲気作りのために、もっともらしく説明しているのだろう。

とは言え、イリュージョンとしては面白そうだ。

男の提案に、乗ることにした。


第二章:これが「土の記憶」?旅館裏山にて|土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】


翌日、俺は、妙な男に言われた通りに、旅館裏手に有る登山道を登った。

登山道脇に、大きな石が有った。座りやすいように、直線的平面的に整えられている。



俺は、虫よけスプレーを全身に噴霧して、その石に座った。

静かに目を閉じて、周囲に意識を集中した。


絶えない鳥の声。

小鳥かな?高い音程で、忙しそう。こちらは大きな鳥だろう。小鳥に比べると野太い声。

大小の風が、木々や葉を揺らす。ザワザワ、ガサガサ。時々、ボトッ。木の実でも落ちたのだろう。

どれも、心地良く耳に入ってくる。

こうした山の営みは、太古の昔から、続いているのだろう。


その内に、俺はうたた寝をしたのか?木々の茂る山の途中に立っていた。見知らぬ風景だ。

周囲をぐるりと見まわすが、どこを見ても、折り重なる木々は続いている。日も遮られて薄暗い。

先程の登山道とは、似ているようだし違う気もする。


それにしても、夢にしては、自由に動ける印象だ。これまで体験したことの無い感覚だとも思う。

これが「土の記憶」か?



登り方面の奥は明るい。木々が開けているのかもしれない。

俺は、そちらに歩いてみた。

やがて、木々は開けた。


そこは、広い平地だった。

自転車でもないと、平地を横断縦断するのは、骨が折れる程だ。また、平地の大部分を、大きな池が占めていた。

池を挟んで反対側には、さらなる高い山がそびえる。ここから、さらに数百メートル程の高さはある。

また、ここから少し離れた池の周囲には、石でできた城のような建物も有る。


俺はまず、池に近づいて、水面をのぞきこんだ。

水面には、水草や大きな葉は浮かんでいる。透明な水中に、大きな黒い魚や派手な色をした魚がうごめいているのを見通せる。

釣り糸を垂らせば、すぐにかかりそうな程、人口密度ならぬ魚口密度は高い。


何気なく空を見上げると、澄んで青かった。夜になると、星空は綺麗だろう。

空を見ていると、ふと先程の山は目に入った。山頂は、よく尖っている。

あの尖りは、自然の作用でできたのか?誰かの手で意図的に作ったように見える。

そう思うとこの池にも、淵等に人為的なものを感じる。魚の数だって、自然のものとは思えない程に、多すぎる気もする。


それから俺は、先程から目に付いていた、大きな石の建造物へと歩く。


玄関前に立つものの、静かだ。誰も住んでいないように思う。

城の壁に使われている石の色と俺が土の記憶?に入る前に座った登山道脇の石と、似ている気がする。

取りあえず俺は、城のようなものの中に入った。



漠然とだが古い建物だと感じられる。

(劣化具合は大したことないが、古いと思ったのは、機械等で作ったものとは思えないこと、電化製品等も置いて無いこと等のせいだろう。

また、階段の段差の大きさや手すりの高さ等からして、ここに住む者の体格は俺と同じ程だと思う。)


見知らぬものたちに興味を持つものの、特に大きなイベントは無い。すると、目の前の風景の内容よりも、目の前の風景を見るメカニズムの方が気になり出す。

男の言っていた、石に刻まれたものを読み取るだの五感に変換するだの、本当のこととは思えない。

幻覚のようなものだろうか?それとも、催眠術?まさか、俺の朝ごはんに妙な薬でも入っていた?



そんなことを考えていると、いきなり、どこかの部屋からゴトンと音がした。


第三章:人知の及ばない秘密?その古い城|土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】


①未知なる存在?


俺は、音がしたと思う方へ歩いていった。

そこに、一つの部屋が有ったので、覗く。



薄暗い部屋で、床に液体が広がっている。

液体の横には、小さめのゴリラが横たわっている。



俺は、ゴリラが動いていないことを遠目で確認して、近づいた。

足元で、寄り添うようにしゃがみつつ、液体もちらっと眺めた。

液体は、おそらく毒物だ。かわいそうに。人間の建物に迷い込んだゴリラは、たまたま残っていた毒物を、誤って飲んでしまったのだろう。

今俺の見ているものは土の記憶とやらであって、実際に有るものではないはず。でも、目の前にゴリラが横たわるのを見ると、「助けてあげたい」という思いが湧き上がってくるのだ。


鎮魂の意味を持って、ゴリラの顔をしっかりと見よう。

俺は、横たわるゴリラの顔がしっかり見える位置へ移動すべく、立ち上がった。


近づく内に、不自然なことに気付く。ゴリラにしては、頭が大きい。

そんな疑問も持ちつつ、ゴリラの顔の前にしゃがむ。


違う!


この生物は、ゴリラに似ているが、ゴリラではない。

額もまるで現生人のように広い。

一体、何者だ?



謎の生物の登場にびっくりした俺は、思わず身体が浮いて、その衝撃で、土の記憶から覚めた。

目の前には、登山道とその周辺風景が広がっている。先程まで居た、見知らぬ風景ではない。

心地よく、木々のざわめきや野鳥の声は、聞こえる。


俺は、しばらく動けなかった。呆気にとられていたし、疲れてもいる。(肉体的な疲れではなくて、頭を使い過ぎた時のような疲れ。)

もう一度、土の記憶へと意識を集中するのは、億劫だ。土の記憶をまた体験するとして、その前に例の男とメカニズムも話したい。


まだ昼間だったので、山道や周辺商業施設等をウロウロした。


夕方になって、旅館に戻った。

旅行会社に電話をして、昨日の男に会えないか尋ねる。

だが、「その男はもう、違う地へ移動した」と言う。

土の記憶について質問すると、「その男でないと分からない」とのみ言われた。


温泉に浸かって後、ソファーに座ってくつろぎながらスマホ検索してみた、「土の記憶」や「ゴリラのような未確認生物」等と。


②トンデモ見解?


検索結果として表示されるさまざまなサイトページとそのページタイトルの中で、「INBOU」という雑誌社のものに興味を持った。

タイトルに、「関東地方の山奥で発見」「太古の城」「ヒト?類人猿?」という文字が有ったためだ。

(ただし、「INBOU」はトンデモオカルトサイトである可能性も疑いつつ。)

その内容は次のものだ。



「その教授は、関東地方の或る山にて、旧石器時代に造られたと見られる城が発見されたこと、その城の近くの池が養殖場として利用されたとみられる形跡があることを発見し、さらに、同じ山においてサピエンスでもなくネアンデルターレンシスでもない謎のおそらくは人類の化石を発見した。

その教授は、城や養殖場や謎の人類の化石の正体を明かすことに在職中も退職後も研究を続けたにも関わらず、80歳を過ぎた辺りから自身の功績を消すことに尽力しはじめたのだ。

その教授の発見した謎のおそらくは人類の化石は、博物館に所蔵されていたのに、どこかに消えた。おそらく、その教授の工作によるものだろう。そんなこともあって、現在は、その謎の人類の研究は進んでいない。」

読んで、まずは一息ついた。


一息ついて、さらに読み進めた。

「果たして、謎の人類の化石の正体は?

その教授は、自身の功績を消して回る以前、友人の教授に自身の説を語っている。その友人の教授は、弟子にふとその説をしゃべったこともある。

我々INBOUのteamは証言をたどる調査によって、その教授が消した教授自身の説へと辿りついたと思われる(伝言ゲームよりも不確かなことではあるものの)。それは、次のようなものだ。


謎の人類の化石の正体は、

可能性1:
現生人サピエンスとネアンデルターレンシスは兄弟姉妹とも例えられるが他にもまだ兄弟姉妹もいてそれが謎の人類の化石だとする説

可能性2:
ゴリラの一部から分岐進化したものが謎の人類の仮説だとする説(この場合は「人類」ではなくて「類人猿」か?)

とのこと。


また、その教授は感傷的な一面もあったと思われる。

なぜなら、こうも語っていたそうなのだ、『この謎の人類は、多人数で暮らせる城を建てたあたりに仲間意識の強さを伺えるが、現在は絶滅しているということは絶滅前の最後の一頭になってしまった者もいただろうに、その悲しさや絶望感はどれ程のものだっただろう』と。」

以上のようなことが、「INBOU」というサイトの記事に書いてあった。



以上を読んで、俺が見た光景や男の言っていたことを合わせて、想像をめぐらせた。

ゴリラのような生物は、おそらく毒物を飲んで息絶えた。

妙な男が言うに、土の記憶によって太古地球を知れる。

もし、この論文の言う謎の人類の化石と俺が見たゴリラのような生物が、同一種なら。

さらにだ、俺が見たゴリラのような生物こそ最後の一頭であって、絶望のため服毒自殺をした?



ここまで真剣に考えたものの、これ以上は広がらない。

いつの間にか信じて想像を深めていた自分に対して、こじつけだと笑ってしまった。

旅行から帰宅したらまた旅行会社を訪ねて質問しよう、それだけを決めて、部屋に戻った。


第四章:消えた旅行会社|土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】


翌々日、旅行から帰宅した。

その翌日に、出勤した。



職場近くに有る、例の旅行会社の入っているテナントビルの前を通る。



だけれども、旅行会社は無かった。

ガラス玄関やガラス窓に、テナント募集中の張り紙が張ってある。

張り紙の向こうを見通すと、デスクもカウンターも無くて、ただ床と天井のみ。寂しい風景だ。


俺は、旅行前に登録した、旅行会社の電話番号にかけてみた。

「現在使われていません」という自動音声のみ。



この旅行によって、課題ができてしまった、「土の記憶をメカニズムの解明すること」「旧石器時代の歴史を探求すること」「旅行会社の行方を掴むこと」。


以上「土の記憶?奇妙な旅行にて【幻想ホラー小説】」。

続きは「ゴリラ?或る田舎の目撃談【ファンタジー怪奇小説】」へ。

他の話は「怪談・怖い話・無料小説一覧」へ。

進化史については「子孫が異種になる?生物進化史1【コズミックホラーのきっかけに】」へ。



※本小説はフィクションであって、実際にある土地名や団体等とは一切関係ありません。

※本ブログの記事は全て、著作権によって保護されておりますことへ、ご理解のお願いを申し上げます。


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深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】

この話は、或る男が遭遇した、ロマン溢れる話か怪奇的な話か、判別の付かない話です。

怪奇現象に遭遇しやすいタイプは有るのか?奇妙な恋愛観や或る職業への向き合い方も一因?


(分量は、文庫本換算21ページ程。以下目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他の話は「本blog全記事の一覧」へ。)




第一章:奇妙な恋愛観は怪奇現象の一因?|深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】


①ナンパならでは?の理想


「いいか、考えてみろ。

新宿駅には一日十万人の利用客がいる。歩いていると、クラスや職場や友人の紹介等にとらわれない、いろいろな女に出会える。

中には、その女の姿を見た瞬間に俺の脈は爆発的に強くなる場合も有る。いわば、俺の心臓が求める女だ。

そういう女は大抵、女の方も俺に興味が有るものだ。女の視線を見ていると、俺のことを気にしているとわかる。

そんな女に声をかけて、一時間ぐらいアルコールを飲みかわす快感は、一人の女と恋人関係を結んでいては味わえない」

俺(米津秀行・よねづひでゆき・27歳)が言うと、白壁が「その通りだ」と言って拍手をする演技をする。俺は、それに乾杯をする動作をして芋焼酎の炭酸割りを口に入れた。

笛田は、バカにするように笑ってから唐揚げを口に入れて、もごもごさせながら言った、

「下らない恋愛観だ。というより、ただのナンパじゃねえか。

しかも、お前には色男とは真逆のエピソードも多いくせに、ロマンチストのように語りやがって」と言った。



ここは、新宿歌舞伎町を外れた、古い小さなビルに有る居酒屋。窓際のテーブルにて、男三人で飲んでいた。



ロマンを抱くのも無理はない。窓の外の景色が、俺の想像力を掻き立てる。俺はまた、視線を窓の外へ。

新宿駅周辺の高層ビルたちが、地平線を覆う壁のようにそびえている。少し離れた場所に有るここからでも、ビルの頂上は見えない。数えきれない窓のそれぞれから、灯りは輝く。星のようでもある。

ああいうビルでバリバリ出世する女性に、俺が接点を持つとしたら、ナンパしかないだろう。いつかは、声をかけられたらと思う。

ただし、思いつつも、何年過ぎただろう?


②本命には声を掛けられないもの?


笛田はそう言ってから、口に入っている唐揚げをビールで流し込んでから言う、

「ホテルまで誘えたのは二人だろ。十年で。

しかも、お前の言う心臓の求めるタイプの女には、心臓の高鳴りを悟られまいと緊張しすぎて、声をかけられてない。」


俺は反論をしつつも悩みも述べる、

「いや、心臓の求める女にだって声をかけたぞ。一人だけ喫茶店まで誘えた。

ただ、確かに声をかけにくい…。

そういう女に対しては、高級店で奢らないといけないとか、割り勘はいけないなんて、恰好つけたがってしまう。たまたま所持金が多くても、スマートに声をかけないといけないなんて思っている内にナンパの機会を逃す」。


言うと、笛田は予想通り説教を始めた、

「そうなるだろ?まともに仕事してないと、本命に声を掛けられない。それに、そんな女に声をかけると、きちんと恋愛関係を結ばないといけなくなるもんだぞ。

お前らの言う、『恋愛関係を結ばずして女を手にする』なんて下らないんだよ。

そもそも、それで手にした女なんて、大した女じゃなかったろ?」そう言って、笛田は勝ち誇った笑顔を見せた。


俺は「そんなことはないけどな」と、ボソっと抵抗した。



笛田は税務署に務めている。そして今回、結婚が決まった。人生の方向が、どんどんとまとまっている。

一方、俺と白壁は違う。白壁は、犯罪心理学者になるだのと言いながら大学院に在籍して、イカれた人間の登場するミステリー小説を書いている。

俺は、在学中に白壁に誘われて小説を書くようになって、卒業後から今まで家庭教師をしつつ小説を書いている。ちなみに俺の書く小説は、人類学研究で感じた人知の限界を、ホラー小説として描いている。

現生人類が進化した謎の霊長類が世界の秘境にいる上に怪奇の能力を有しているとか、幽霊の存在を証明した物理学者がいるとか、そんな小説だ。

何にせよ、俺も白壁も小説賞に応募し続けているが、現在のところ成果なし。



「いや、笛田は解ってない」と、白壁は切り込む。そして、ビールジョッキを置いて、反論を展開する、

「米津が本命にナンパをすることに、男の甲斐性は重要でない。おそらく米津は、今のままでも本命へのナンパに成功する。

俺が以前米津のアパートで発見をしたことと、米津に心臓の求める女と察知する能力が有ることに、重大な関連性が有ると見られる」。

白壁は熱くなる。俺は嫌な予感がする。


③問題は体裁か?勇気か?


白壁は続ける、

「俺は大学に入って、早い内から彼女ができて、今でも付き合っている。一方で、彼女以外の女にもいくらでも興味はある。例えば、あの女だ…」。そう言って白壁は、隣のテーブルで飲んでいる二人組の女を、顎と目線で指した。俺と笛田は、ちらっと見る。

白壁は続ける、

「俺は、二人ともに興味がある。また、外を歩けばもっといろいろな女に会って、興味を持ってしまう。

そんな感じで、大学時代も今も、彼女がいながらモヤモヤしている。

そんなモヤモヤした気持ちをだ…」

白壁は話しを切って、「つらいつらい」とため息をつく。

いきなり黙ることで、俺と笛田の注目を集めようとしているらしい。俺と笛田は集中してあげる。

白壁は「エロDVDで誤魔化していた」と言う。

笛田の集中力はその一言で途切れた。「下らねえ」と言ってビールを口に運ぶ。

白壁はかまわず続ける。

「エロDVDで誤魔化す男もよくいて、あの女優、この女優、あのシチュエーション、このシチュエーション、さまざまなエロDVDを買いまくっては、置き場所に困って、どっさりと売る。俺もそう。

だが!米津のアパートに何度か行く内に、俺は驚くべきことに気が付いた!

米津は!エロDVDを売らない上に!イタズラに増えない!」、白壁は力強く言ってから、俺を見てきた。

俺は適当に眉で返事して、「『社長と妻を二人っきりにしてみた』『勇気を出して丸の内キャリアウーマンをナンパ』は、やらせくさいので売った。」と返事をした。

笛田は、枝豆を口に運びつつ、適当に聞いてあげている。

白壁はまだ続ける。

「それで、先程の話しだ。

米津は、心臓の求める女を察知する能力が有るわけだが、エロDVDが増えないことと関係しているように思う。

それは、一生ものの性欲を理解しているからだと思うのだ。

どうだ米津?心臓の求める女の顔立ち、スタイル、雰囲気等々と米津のエロDVDに出ている女性とには、共通点がないか?」

言われた俺だが、そんな気がしないでもない。そう思っていると顔に表れたのか、白壁は続ける、

「俺の予想通りのようだな。

DVDといい、心臓の求める女といい、米津は、自身の性欲を自身でよく知っている。それをそのまま相手の女性にぶつけると良いんだ、犯罪にならない程度には注意して。

確かにきちんとした恋愛は楽しい。思い出もできる。だが、就いている仕事だの、貯金だの、いろんな条件が絡んで来て、せっかく互いを欲しているのに、言い訳になってしまう。

さあ、小説家として売れていないことも大した収入のないことも忘れて堂々と、心臓の求める女に声をかけるんだ」、

白壁は言い終わって、しゃべりつくしたようにビールジョッキを飲み干した。



笛田は、枝豆を飲み込んでからあっさりと言う、「白壁、お前の言うことはすべてどうでもいい。そんなことは重要じゃない。


④不特定多数の出会いと怪奇現象


仮にそうだとしよう、きちんとした恋愛も結婚も下らないと言える程の男女関係が有ると。

それで、そんな男女関係を果たしてどうなる?

そんな男女関係では、現在の日本では幸せになれない。いや、だいたいの文明国で幸せになれない」

笛田はいったんビールジョッキを口に運び、間を作る。俺と白壁は集中してあげる。

笛田は真面目に言う、

「お前ら、仕事も女も腰を落ち着ける年齢だろ。ナンパとか小説家の夢とか、あと十年ぐらいすれば、もっとやることあったなあって後悔するぞ」。

「ナンパではくて、誠実な声掛けなんだけどな…」、俺はホッケの塩焼をほぐしながらボソっと反論した。

笛田は続ける、「楽しそうでいいんだけどな、お前らはいつまでも。

でも、詐欺やら色ボケには気を付けろよ。今に犯罪に巻き込まれるのも心配なんだよな」。



俺と笛田のグラスが空になっていたので、何を飲むかと白壁が聞いて来た。俺は「赤の芋」と応える。笛田も「俺も同じの」と言って、話しを続けた。

「俺の上司に、仕事が全てじゃないなんて言って適当にヒラやってて、結婚もせず風俗通いをしている男がいる。

最近に至っては、夢が有るなんて言い出した。バンドで稼ぐやら名を馳せるやらって夢だ」。

笛田がしゃべっている間に白壁は店員を呼んで、飲み物食べ物を注文する。笛田は続けている。

「その上司、最近やつれてきてんだ。誰の目にもわかるくらいに、げっそりと。異様だよ。

でも、病気って噂はないし仕事を休んでもない。独身だし、親は田舎で元気だから家庭の問題はない。仕事内容も今までと大きく変わっていない。そうなるとバンドや風俗で何かあったと、周囲は疑っている。その二つなら、疑わしいのは風俗だよな。

独身で正規雇用だから貯金はたっぷりとあるはず。弱みでも握られたか色ボケをしたかで、嬢に貢いでいるんだろうって。

そうでないなら、幽霊かな?よくあるだろ怪談なんかで、幽霊につき纏われてげっそり痩せたような。

何にせよ、お前らも不特定多数の女に声をかけるっていうのは、そういうリスクもあるってわけだから、気をつけろよ」。

笛田のことばに、俺と白壁は話半分に聞いていた。



その後も、意味のあることないこと適当に話したり突っ込みを入れたり笑ったりしている内に、いつの間にか時計は23時を指した。

本日の飲み会はお開きにした。


第二章:奇妙な出会い?果たせていない恋愛や夢|深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】


①レアな出会いを道端で


秋風に吹かれながら、店の前で男三人は軽く手を振り合い、其々違う方向へ歩き出した。

俺は新宿駅へと、薄暗い新宿歌舞伎町を歩いた。



2、3階建ての薄汚れた古いビルが、左右に延々と並ぶ。縦に並び横に並び、合間に狭い道を作る。十字路を作り、十字路の先でまた十字路を作って、まるで、意図的に迷路を作っているようにすら感じてしまう。

そんな迷路には、キャッチが道行く人に声を掛けている。

俺は、右に左にキャッチをよけながら歩いた。

3F建ての薄汚れた古いビルから、笑う口元のみを写した女性グループの暗い看板が、見下ろしている。

入口の暗い扉の上で、ネオンがバチバチ言っているバーも有る。

迷路に面する粗末なアルミ階段の先に、従業員通用口のような金属の扉が有って、紙とマジックペンで「ここはマッサージ店です」と張り紙が有って、街頭の薄明りにぼんやり浮かぶ。

どこまで歩いても、看板や入口玄関は誘ってくる。誘惑の途切れない街、簡単に帰路につけない街だと思った。



その時。

「すみません、あのう…」と女の声が横から聞こえてきた。俺に話しをかけるように。



キャッチの可能性もあるので、俺は立ち止まらずに目線だけ声の方へ向けた。

目を合わせたくないので、足元から徐々に視線を上げていった。ネイビーのカジュアルスーツのスカート。胸元は若干広げてセクシーに崩してあるが、勧誘とは雰囲気違い。

それから、顔へとゆっくり目線をずらした。その一瞬で、俺の心臓は高鳴った。

30半ば程の女性であり、俺より年上だけど活き活き若々しい。「天真爛漫」というか。恋愛どころか接したことすらあまりのないタイプで、一瞬で「手にしたい」という憧れのようなものを抱いてしまった。



その見知らぬ年上美女は、俺と歩く速さを合わせながら、俺と目を合わせている。声を掛けて来たのは彼女だろうと、改めて認識した。


②夢のような道案内


俺は、心臓の高鳴りを知られないように「何でしょう?」と平静を装って返事をした。

「新宿駅は、どっちに行けばいいんでしょう?」。見知らぬ年上美女は聞いて来る。俺は平静を保ちつつ応えた。

「この道を真っ直ぐ行けば大通りに出ます。その大通りを越えると、石畳の商店街に出ますからそれも真っ直ぐ抜ければ、正面にデカデカと新宿駅って看板のあるビルが見えてきますよ」。

「有難うございます」なんて言いながら、見知らぬ年上美女は俺から離れようとはしなかった。

俺が様子伺いのためにチラっと見知らぬ年上美女の顔を見ると目が合い、ニコッと笑いかけてくる。俺は視線に困った。また、心臓の高鳴りにも困った。

気づかれないように静かに深呼吸して言った、「俺も新宿駅に行く途中なんで、一緒に行きます?」と。まるで、お遊戯会のセリフのようなぎこちなさだっただろう。

「有難うございます、よかった~」、と見知らぬ年上美女はほっと溜息をつきながら言った。俺のセリフ染みたしゃべり方や定まらない視線は、気にしていないようだ。

「ほら、電池切れ」。見知らぬ年上美女は画面の消えたスマホを俺に見せて来た。「道を聞こうにもキャッチや酔っ払いばかりだから、妙なことになりそうでしょ」と続けた。「ええ、確かに」俺は、適当に応えた。



それから、見知らぬ年上美女は、俺の職業だの歌舞伎町によく来るのか等適当なことを聞いて来た。俺は当たり障りのない答えをしつつ、同じ質問を見知らぬ年上美女にもした。いわゆるどうでもいい話しをしつつ歩いた。

その内に、大通りを渡って飲み屋の一角を過ぎた。そして、大きな駅ビルとそこに張り付いた「新宿駅」という看板が目に入った。

見知らぬ年上美女は看板を見て、「あれね」と言って笑いかけてくる。



それから、看板の下へとたどりつく。百八十度どこからでも人がなだれ込む金曜日遅くの新宿駅南口を、何とかして二人くぐった。

くぐっていると、人込みに押されるように、見知らぬ年上美女に触れる程接近できた。俺はまた、ドキッとしてしまった。



人の流れの穏やかな広いところまで来ると、「ここからは何線なの?」と見知らぬ年上美女は聞いて来た。

俺が「A線です」と応えると、見知らぬ年上美女は驚いた表情で言った、「同じだ」と。

それから地下通路を通り、A線の改札口へと二人で歩いた。



A線の改札口が見えてくると、見知らぬ年上美女は、「急行?各駅?私は、急行で〇〇駅ね」と俺に言う。

俺は驚いた。俺も、〇〇駅で降りる。

俺が「同じです」と言うと、「それじゃあ、一緒に乗ろ」なんてはしゃぐのだった。


③焦る電車内


それから二人で、金曜日夜中の新宿発急行電車に乗って、適当にしゃべり合った。

前後左右一歩も動けない程の満員電車で、「金曜日遅くの都心発の電車はこんなもんだ」なんてどうでもいいことを話しつつ、趣味の話しに及んだため、俺はホラー小説を書いていることも話した。

興味を引いたのか、見知らぬ年上美女は一段明るい顔つきになって、感動詞を並べる。



話しをしていると、見知らぬ年上美女の迫ってくるような黒い髪や広い肩幅等次々、今までに接したことのない女であると言えるポイントが目についた。

そのたびに、収まりかけた心臓の高鳴りは復活した。俺は心地よい息苦しさに酔いしれるようだ。



その内に、電車は地下軌道に入る音をあげだす。〇〇駅が迫っている証拠でもある。

俺は焦り出す。

目の前には憧れを抱いている美女がいる。今日は金曜日の夜遅く。このまま地下ホームから地上出口に上がって、「それじゃあお気をつけてお帰りください」なんて手を振るのは、あまりにもったいない。

誘おう。

でも、誘おうとすると、情けないことに、飲み会でしゃべった通り、おごって恰好つけたいなんて思う。でも、所持金は数千円。ATMに行っても、今月の家飲み代やらPC冷蔵庫等の壊れた時のための貯金だけ。

これじゃあ誘えない。

失礼だけど、憧れの女でないのなら、割り勘数千円で飲みに行けるところでも誘えるし、断られてもバカにされても前向きでいられるのに。



やがて電車が停車をする。○○駅に到着だ。

そして、電車のドアは開いた。俺と見知らぬ年上美女はホームに降りた。さて、タイムリミットは地上に上がるまでだ。



二人で人込みをよけながら歩いて、改札口へとエスカレーターの長い列に並んだ。

見知らぬ年上美女は、電車内で話した俺のホラー小説のことをまだしゃべっている。俺は、適当に応えたり、感想に笑ったりしていた。

そうだ。俺はナンパについて一つ思い出した。

以前、〇〇駅周辺本屋で、俺の方をちらちら見てくる年上女性に、ストレートに「焼酎の種類がたくさんある日本料理店に飲みに行きませんか?」とナンパして、成功した。彼女の顔つきから、焼酎好きに思えたからそう誘ったのだ。でも実際は、甘いカクテル好きだった。

間違っていても、失礼のないものであれば、相手への印象をストレートに述べることで、話題になる。

改めて、見知らぬ年上美女を見た。

でも、「俺の果たせていない男女関係の人」とか「性欲強そうですね」等、失礼なことばかり思い浮ぶ。これではダメだ。

着実に地上に向かうエスカレーターに、苛立ちすら覚えた。



結局、何も誘い文句を思いつかないまま、地上出口に出た。

焦りも極限に。

無策にも「飲みに行きましょうか」とだけ言おうと思った。そうすれば、断られたとしても『誘う挑戦はした』ということで、気持ちは収まりやすいだろう。

ところが、地上出口に出たところで、見知らぬ年上美女が意外な一言、「じゃあ、どこか飲みに行く?おごるよ」。

一瞬で、俺の心の霧はふっとんで、明るいものが開けた。


④奇妙な追い風?


ただし、そうなると違う問題も出てくる。

女性から誘われて「ヤッター!おごってもらえる」というのも不格好だろう。嬉しさと世間体とない交ぜの俺は、素っ気なさを装って「まあ…それも…いいっすねぇ」とだけ応えた。「俺がおごりますよ」と言えたらなと、真剣に思った。



それから見知らぬ年上美女は「道案内のお礼ってことね。遅いけど、この時間ならいいお店を知ってるよ。こっち」と言って、歩き出す。

俺は、見知らぬ年上美女の後ろを、「これで良いのか?」と悩みつつ、ちょこちょことついて行った。



それから、見知らぬ年上美女はこちらを振り返らず歩いた。

多摩地方の都市の一つに有る○○駅。色とりどりの灯り輝く駅周辺を横切る。

少し離れた古い商店街を抜ける。

飲み屋と住宅の混ざる狭い路地を抜ける。

路地を抜けて現れた四車線程の大通りを越えて、大通りに口を広げる細い路地に入った。



住宅街らしい。俺にとっては見知らぬ土地だ。

俺は来た道を振り返る。駅周辺高層ビルも、遠くのことように、屋上警戒灯を点滅させている。

しばらく歩いていると、古いアパートや木造家屋が増えてきた。

道の両サイドには、建物が並ぶ。斜めに並んだり十字路を作ったりと、先を見通せない迷路のようだ。

街灯は、道を点々と照らす程度だ。駅から遠ざかる程に、道はどんどん暗くなっていると感じる。



細い道を抜けたところで、前方は開けた。石畳に舗装された、真っ直ぐの広い通りが、姿を現す。

どうやら、古い飲み屋街のようだ。木造戸建てや小さな古いビルの入口に、赤提灯やらネオンやら、ぼうっとした赤や青や紫の光が、闇にいろどりをもたらす。ただし、闇を追いやる程ではない。闇にぼんやり浮かぶ程度で、全体的には薄暗い街だ。

通りの真ん中には銀杏並木が有って、秋風に落ち葉がカラカラと舞った。

見知らぬ年上美女は、古い飲み屋街を俺の先に立って歩く。俺は、薄暗い街に浮かぶ、見知らぬ年上美女の黒いシルエットに、黙ってついていく。



通りに人の姿はない。

時々、左右の古いビルや木造家屋から、人の笑い声が、壁越しに遠く聞こえて来る。

提灯の灯を消してある店、暖簾をひっこめた店もたくさん有る。もう、店じまいをしているのだろう。

俺は、駅からの距離を測るために、駅前高層ビルの屋上警戒灯を見ようと、歩きながら振り返った。

だが、住宅街の屋根たちの間から警戒灯は見えずに、ただ、闇夜が広がっているだけだった。それも、普段よりもその闇は深くて、黒絵具をべったり塗りつぶしたようだった。



「ここにしよう」という見知らぬ年上美女の声に、俺は元に直った。見知らぬ年上美女は、塀に囲まれた日本家屋の門の前に立ってこっちを向いている。

その門構えの重厚感は凄まじくて、圧倒される程だ。どうみたって高級料亭だった。



俺は、血の気が引くようにヒヤッとした。

先程までのおごってもらえる期待以上に、強い不審感が芽生えてきた。新宿で道案内をしただけなのに、ここまでお礼をしてもらうというのは、何か裏の意図でもあるのかもしれない気がしてきた。


第三章:奇妙な高級料亭にて|深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】


①なぜ?初対面の女性におごられる?料亭


そう思うと、笛田が飲み会で言っていたことが頭をめぐる。『やつれた上司の話し』だ。嬢に弱みを握られて貢いでいるのではないかという。

俺に当てはめてみる。もし見知らぬ年上美女におごられたなら、今後、「あの時いくらお金を払ってあげただの」弱みに付け込まれて、何ら要求をされるなんて…。



とは言え、期待感も残っていた。

見知らぬ年上美女に裏の意図なんて無いとしたら、こんなにもったいないことはない。憧れの美女に、高級料理をおごってもらえるしデート気分まで。

大体、電車の中で彼女と話した内容から推測するに、彼女はいい会社に勤めている上に独身である。高級な店で男一人おごるくらい、金銭的には驚くことはないだろう。



何に背よ、料亭に入る前に、お互いの意思等話しをする必要があると感じた。一旦入店をやめさせよう。

だが、見知らぬ年上美女はふっと笑って、とっとと門をくぐってしまった。まずいと思って、連れ戻そうと俺も門に飛び込んだ。

だけど、瞬間移動でもしたのか?俺が5m程先にいた彼女を追って門をくぐったところ、彼女は既に10m程の庭を横切って玄関にいた。そこで着物を着た従業員らしい中年女と話しをしている。

俺が門の辺りで立ち尽くしていると、従業員の中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いを浮かべながらこっちを見てきた。



何かカモにされている気もしてきた。期待と不安に揺れている俺だったが、ここで不安が勝りはじめた。

俺は、少し恥ずかしいが、見知らぬ年上美女をおいて逃げようと門へ振り返った。

ところが、振り返ると、門の前には、着物姿の若い女(中年女と同じ着物)が立ちふさがっているのだ。おそらく従業員だろう。俺に、「いらっしゃいませ」と言っていたずらっぽく笑った。

それから、「どうぞ、玄関はこちらですよ」と言いながら、俺に圧力をかけるように迫ってきた。

俺は、「見知らぬ年上美女から逃げるんです」とも言えずに後ずさりをして、見知らぬ年上美女と中年女の立つ玄関まで来てしまった。

それから若い従業員の女は、「どうぞお入りください」と言いいながらてきぱきと動く。俺は、「え、ああ、あの、そうじゃなくて」等言っている内に、玄関をくぐらされて、鞄を取られて、靴を取られて、スリッパまではかされた。

たじろぎながら、若い従業員の女の言いなりなっている俺。横では、見知らぬ年上美女と従業員の中年女が、相変わらず薄ら笑いを浮かべている。



それから、左手側がガラス張りである長い廊下を、先頭に中年女、その後ろに見知らぬ年上美女、最後に俺という並びで歩いた。中年女も年上美女も、黙っている。



お屋敷のような料亭は、外観だけでなくて内装も立派だった。ただ、薄暗い。

天井の灯りは床を点々と照らす程度。薄暗い廊下だ。おそらくは、左手側のガラス窓を通して裏庭は広がっているのだろう。でも、全く真っ暗で何も見えなかった。

やがて、中年女も見知らぬ年上美女も立ち止まった。

右手側に並んでいる障子戸の一つを、中年女が空けた。『ホオズキの間』と書いてある。並ぶ部屋に、歩いて来た方から順に、『い、ろ、は、に、ほ、へ、と、…』を頭文字とする花の名前が、部屋名として付けてあるよう。



廊下から部屋の中を見通すが、廊下同様に薄暗い。天井からつるされた電灯の灯りは、部屋の隅までを照らせていない程だ。

部屋の入口でスリッパを脱いで、畳に上がる。中央にテーブルと座布団が有り、奥には表玄関側の庭に面している窓がある。ただし、その窓から庭は見えず、やはり真っ暗だった。

中年女は俺を窓側に、見知らぬ年上美女を入り口側に座らせて、挨拶して出て行った。



「あの~」俺は向かいに座る見知らぬ年上美女に尋ねた。見知らぬ年上美女は、じっとメニューを見て返事をしない。

俺は続けた、「この店、高そうじゃないですか?」。

「そうでもないよ、高そうに見えるだけ」、見知らぬ年上美女はやっと返事した。

「でも、もう夜中ですよ、そんなに食べられないですよ」俺は言った。

不安の勝りはじめた俺は、今からでも「店を出よう」という方向にもっていきたい。

「解ってる。軽いものや飲み物中心にしましょう」、見知らぬ年上美女は、俺の意図をくみ取らないことを言う。

「途中で、眠たくなりそうですよ」、俺は言った。

「寝てていいよ、布団ぐらい敷いてもらえるから。私は好きな日本酒でも飲んでるから」。

俺は、真意を知るべく直球に聞いた、「ちょっと新宿で道を教えたぐらいで、こんなにしてもらったら申し訳ないですよ。何でここまで…」。

見知らぬ年上美女は遮って、「いいじゃない、私がおごるって言っているでしょ」と、何の感情も見えない淡々とした口調で言った。

俺も引き下がらず、「俺だって男ですよ、女性に奢ってもらうなんて野暮なことできませんよ」と言った。

彼女はメニューから顔を上げる。薄ら笑いを浮かべつつ、俺を見透かすように言った、「本当にそう思ってる?女が養わないといけないタイプだったりして」と。



俺は少し弱腰になりつつ、「そんなことないですよ、俺、ちゃんと生計立ててますから」と、虚勢を張った。

見知らぬ年上美女は、「じゃあ、助けてあげたいっていう女の子たちを突き放してきたんでしょ?」と言う。

俺は、そんな恋人がいればいいなとふと思った。しみじみ考えていると、「解りやすい人だね。そうだ、名前は何?何て呼べばいい?」、見知らぬ年上美女は言う。

「…米津です」、俺は応えた。

「米津…う~ん、下の名前は?」

「…秀行です」

「じゃあ、ひでっしーなんてどう?」

ヒデッシーということばに、小さい頃の記憶が呼び覚まされた。「…ああ、小さい頃に言われた気がする」、俺は応えた。

「女の子にでしょ?」、見知らぬ年上美女は聞いてくる。

「…ええ、小学校六年の時に低学年の女の子に言われた」、言いながら、俺はその女の子のことを思い浮かべた。そう言えば『心臓が求める女』の元祖は、その女の子であるような気もしてきた。その女の子は小六の俺に、小一ながら告白してきた。今思えば、度胸あるなと思う。あの時はどう応えていいのやら解らず突き放した。全く惜しいことをした。

「で、どうせ、その女の子を突き放したんでしょ?」、見知らぬ年上美女は俺の心を見透かすように言ってくる。

さらに見知らぬ年上美女は、俺を肯定するように「そういう男を追いかけたく女もいるのよね」と続けて、ゆっくりと俺に目を合わせて、ゆっくりと笑いかけてくる。

俺は、とりあえず愛想笑いを返した。同時に思った。そうか見知らぬ年上美女は、俺に好感を持っているんだと。



沈黙の時間の中、障子がゆっくり空いて、中年女が盆に湯呑を二つ載せて現れた。それを俺と見知らぬ年上美女の前に置いた時、見知らぬ年上美女は、中年女にアルコールと軽いつまみを頼んだ。

俺は、さらに思考をめぐらせた。もしかすると、世の中には、好感を持った男に対していきなりおごりたがる女もいるのかもしれない。

そう思うと、不安が勝っていた俺の気持ちに、期待が巻き返してきた。

どうする?

このまま見知らぬ年上美女への期待に賭けた時、的中すれば憧れの美女とのデート気分、高級料理、或いは先々の関係を手にできる。

一方、見知らぬ年上美女への不安が的中したなら、どうなる?美人局だとしたら、どれだけのお金を取られるだろう?

そうだ!いいことを思い付いた!

見知らぬ年上美女への憧れを、彼女と似た顔立ちの女優が出演しているDVDにぶつけよう。また、見知らぬ年上美女の登場する小説を書いてみよう。それで売れるんだ。

それこそが、今回の出会いに対する、俺にできることだ。高級料理はいただきたいが、そもそも、初めて会った女性のお金で高級料理をいただこうなんてのは、男として後々自慢できることでもないだろう。諦めるのがよろしい。



そうと決まれば、見知らぬ年上美女には申し訳ないが、ここは恥を忍んで、一人で脱走しよう。彼女を連れだって店を出るのは、先程の会話からして無理である。

俺は彼女に申し訳ないと思いつつ、「じゃあ、ちょっとトイレに行ってきます」と立ち上がった。


②脱出不可能?トイレで見た怪奇


俺は見知らぬ年上美女を横切って、部屋の入り口に至る。それから、スリッパをはいた。

入口の障子に手をかけようとした時に、自動ドアのように、障子が開いた。

そこには、中年女が、片手にお酒の入ったグラスをお盆に乗せて、片手は障子に触れている。

「あれ?どちらに?」と言う中年女に、「ちょっとトイレに」と俺は応えて、とっとと中年女の横を通り過ぎて廊下に出た。

「トイレは、出て右ですよ」、後ろから中年女が言う。

「ええ」と俺が応えると、中年女は部屋に入って障子を閉める。

俺はじっと立っていると、障子を隔てて、中年女と見知らぬ年上美女が、聞き取れない程の小さい声でゴソゴソ話すのが聞こえた。

その後、キャハキャハなんて高い笑い声。

バカにされている気もしたが、そんなことはどうでもよい。



中年女に「出て右」と言われたが、来た方は出て左だ。俺は、左に歩き出した。

薄暗い廊下をどんどん歩いた。先を見通せない暗さだ。

廊下を歩き続けてから、数分は経った。

そろそろ玄関に達してもよい気がするのだが、どこまで歩いても同じ景色が続くだけだ。

酔っていて、来た方向を間違えたのかとも考えた。それなら、部屋を出て右か?

俺は、振り返った。

長い時間歩いたと思ったのだが、ほとんど歩いていないように、ホオズキの間の障子がほんの五メートル程先に有った。

俺は驚いた。まるで、部屋が付いて来ているかのようにも感じたくらいだ。

驚きながらも、俺は引き返した。

ホオズキの間を通り過ぎる時、中年女が出て来た。「あれ?どちらに?トイレはこっちですよ」、そう言って部屋を出て右の方向を指差した。俺は、「ええ」と適当言いながら、さっさと中年女を横切った。



しばらく歩くと、難なくトイレに到達した。

俺はわけが解らずに、男子トイレの前で立ちつくして、溜息をついた。その時、耳元にいきなり息遣いを感じて、びっくりして振り返った。

そこには中年女が立っていた。俺はまた驚いて、飛び上がった。

「何をコソコソなさっているの?さっきから」、中年女は言ってくる。中年女を間近に見ると、妖気のようなものも感じた。

「あの、ええっと…」俺が答えられないでいると、中年女は俺をじっと見つめながら言った、「彼女は、あなたに気があるんだと思いますよ」。

俺が答えに困っていると、中年女はふっと笑顔を見せてから振り返り、暗い廊下を歩いて行って、闇へ消えた。



俺は金縛りにあったように動けないまま、中年女の背中を見送っていた。

それから、俺は用も無いものの、トイレに入った。



入ってすぐに有る壁に寄りかかって、また溜息をついた。

新宿駅からこの店に至るまでのこと、この店に入ってからのこと、いろいろと現実離れしている気がしてきた。



壁にもたれていると、正面に窓が有るのが目についた。俺は窓から脱出しようかと考えた。

窓へと歩む。そして、開けてみた。

そこには、絵具をべっとりと塗りたくったような真っ暗な空と、その下で、風に揺れる庭の草木。



俺は半ば冗談で、窓の淵に脚をかけてみた。

その時、窓の外、右側の方から、ガタンと音がした。

俺は、脚をかけたまま窓から顔を出して、そっちを見やると、さっき門で会った、若い従業員の女が、バケツを下げて立っている。

俺は、かけた脚を下ろした。顔をひっこめて半目だけ出して、若い従業員の女の様子を探った。

若い従業員の女は、バケツから液体の滴る塊を、庭に投げた。すると、庭中の草木の間から、毒蛇のような色模様をしたヘビが、次々と現れ出る。窓のすぐ下の草むらからも、次々ヘビが出てくる。

俺は、びっくりして、窓を閉めた。

何なんだこの料亭は?庭で蛇を飼っているのか?

俺の心臓は、バクバク言う。落ち着くために、壁に寄りかかった。ますます、現実世界にいる心地も薄れてくる。だが、夢とは違い何も覚めない。



しばらく、ため息をついたり首をひねったりしていたが、鼓動も収まってきた。

取りあえずトイレを出た。

そして、薄暗い廊下を、部屋へと歩いた。



部屋の前では、中年女が笑顔で待っていた。

中年女は俺を見ると、「戻ってきましたよ」と部屋の中に向かって言った。俺は中年女に適当に頭を下げて横切り、部屋に足を踏み入れた。



横切る時、中年女は俺に、まるで抜けない棘を刺すように「しっかりなさってください」と言う。部屋の中にいる見知らぬ年上美女に聞こえないように音量はおさえつつ、低くてそして怒りを研ぎ澄ました口調だ。俺に、恐怖をもたらすものとして刺さった。

おそるおそる中年女を振り返ると、そこに、先程までと変わらない笑顔の中年女が立っている。

そしてなれなれしく俺に近づいて、接客トーンに戻って俺の耳元でささやいた、「女性の方から誘っているのに断るなんて野暮でしょ。あなた、彼女はいるの?」と。俺は、「いえ」と応えた。

「じゃあいいじゃないですか。ちょっとだけ彼女のお相手をしてあげれば。彼女、うちの常連さんなんです。

見ての通り美人だし、それにね、お金持ち。あなたみたいに夢を追いかける男の人たちを応援したいんですよ」、

そう言って、中年女は後ろから俺の肩に両手をついて、部屋へ押すような姿勢を取る。

「そんな、ヒモ男にはなれませんよ」、俺は応えた。

「何言っているんです、欲のない。そんなんじゃ小説家の夢なんて叶えられませんよ」と、中年女は言った。

そんなものかなと考えていると、中年女は「さあさあ、どうぞどうぞ」と、俺を部屋にぐっと押した。


③ヒモ男?蛇の餌?


俺が畳に上がると、トイレに行く前同様、見知らぬ年上美女が、入口に背を向ける位置で座っていた。

その背中越しにテーブルを見ると、ピンク色の透き通った液体の入ったグラスと、野菜や肉や魚の皿が並んでいる。まさに豪華メニューだ。

そんな、色とりどりの皿を見て、俺から度胸が消えうせた。同時に、不安と期待に揺れる俺は、不安の勝利に決着した。

俺にこれだけのただ飯を食らう図太さはない。



「遅かったね、じゃあ乾杯しよう」と、見知らぬ年上美女は座ったまま振り返る。俺の不安な気持ちには、構わないように。

俺は強行的に逃げようかと、振り返った。

振り返ると、中年女が部屋の入口の戸を閉めずに立って、こちらに微笑んでいる。出られない。



多少諦めつつ、俺は席についた。でも、どこかでチャンスを見つけて、逃げるつもりだ。仕方なく「乾杯」と言い合い、グラスをガチャンと言わせた。

それを見て、中年女は入口の戸を閉めた。

口をつけると、強い香りのまったりした日本酒だった。俺は、頭の中で金の計算をしていた。日本酒一杯なら所持金の数千円でも払えるはず。

俺が皿に手を付けないでいると、「どうしたの?もう、食べられない?」と、見知らぬ年上美女は聞いてくる。

「ええ…あなたに会う前に、友人と新宿で飲んでたんですよ。お腹いっぱいで」と適当に応えていると、「そう。食べられないならたくさん飲んで」と言って、グラスを一気飲みするよう勧める。さらに、メニューの飲み物ページを開いた。

俺はこの日本酒の、妖しさ有る強い香りが癖になりそうであった。飲み干した時には、おかわりを頼みたかった。だが、心の中で首を振った。

それから見知らぬ年上美女はメニューを指さしてあれやこれや勧めてくるが、俺は断った。さまざま話しかけてくるも、適当に返事をした。

そして、話しが途切れたところで、「そろそろ帰ります」と言った。

見知らぬ年上美女は、怒り混じりの溜息をついた。

それから、「すいません!」と、大きな声で従業員を呼んだ。

入口の障子が空いて、中年女が再び登場。



見知らぬ年上美女は立ち上がって、中年女のもとへ行く。

二人で、何やら話し始めた。こっちには聞こえてこない程に小さい声だ。

ただ、ところどころで強い口調になることも有って、ことばを聞き取れた。「なんとかして」「あれじゃ役に立たない」「でもなかなかいないよ」等。

話す二人の表情は、先程と打って変わって、全く愛想の無いものだ。何度か、こっちをちらと見てきた。値踏みされている気もした。

俺と目が合うと、先程のような愛想の良い笑顔にさっと表情を戻す。俺は、適当に笑い返しておいた。



そんなことを繰り返していると、中年女と見知らぬ年上美女の話は付いたようだ。

中年女が、「それじゃ、用無しだね」と言う。そして、二人してこっちを見て来る。

「とんだ役立たずのようね」、「バカだよね、夢が叶のに」、中年女と見知らぬ年上美女は、薄ら笑いをしつつ口々に言う。だんだんとおどろおどろしくなってきたように思う。

それから、「蛇の餌にでもすればいい」、「そうだね」とも言った。

さらに、一瞬、見知らぬ年上美女と中年女が、見たこともない程歳をとった老婆になった気がした。

背筋が凍るような衝撃が走ったが、同時に『蛇の餌』と聞いてはっとするものがあった。さっきトイレで見た、若い従業員の女が、何かのしたたる塊を蛇に与えていた。

逃げないといけない。そう思った。

背面の窓を振り返り、窓から逃げられないかと見る。羽目殺しで、開かないタイプだ。

よって、中年女と見知らぬ年上美女の立っている、この部屋の入口からでないと出られない。



俺は立ち上がって、恐怖を隠しながら、何も考えないようにしながら、二人の方へ歩いた。

二人を直接見ないようにしていたが、視界の隅に、薄笑いを浮かべながらこっちを見ている二人がいる。

俺は二人を通り過ぎながら、「もう一度トイレに行ってきます」と言った。

二人は不気味な薄笑いを浮かべながら、俺の経路をふさいで来る。

俺は恐怖を無理やり隠しつつ、焦りつつ、愛想笑いを作って、「トイレに行かしてくださいよ」と言って、片手を出して二人を押しのけるような動作をした。

すると、その腕を、中年女がガッシリつかんできた。

俺の中で、恐怖は爆発した。

焦って、腕を振って、振りほどこうとした。

だけど、女性とは思えない、とんでもない力であって、中年女の手が外れない。いや、ビクとも動かすことはできない。

「バカな男だよ、何を気にしてんのかね。あんたみたいな男でも役に立てる場所を提供してやっているのにさ」中年女はそう言うと、俺の腕を強引に引いた。

そのまま俺は、引きずられるように、廊下へ出させられた。

綱引きで勝ち目がないので、俺は俺の腕をつかんでいる中年女の腕をバシバシたたいた。だけど、中年女は全く意に介さない。そのまま、廊下をどこかへと引っ張っていく。

俺はたたくのをやめて、「解りました、彼女のヒモ男になります!」とヤケで言った。

だが中年女は、「遅い。あんたからは欲望を感じない。ヒモ男になったとして、たかが知れている。役立たずめ。」と応えて、なおも、俺を引きずるように、廊下を歩く。



その時、前方から、若い従業員の女が慌てて走ってくる。中年女の前まで来て、「お嬢さんはどこです?」と尋ねた。

「ホオズキの間にいるよ。このバカ男に失望してね」、中年女は俺をにらみつけてきた。

若い従業員の女は、「早くお嬢さんを呼んでください。いい男がこっちに向かってます」とはしゃぐように言う。

すると中年女は、「え?本当?」と言って、目の色を嬉々としたものに変えた。

そして、俺のことなんて意識から抜け落ちたように手を放し、若い従業員の女と一緒に、薄暗い廊下を走って行った。



俺は、それからのことを、全く覚えていない。

若い従業員の女と中年女の小走りをする後ろ姿を見ていたはずだが、夢を見ていてふと目を覚ますように、場面は切り替わったのだ。


④廃墟にて奇妙な恋愛?


俺は暗い場で寝転がっていた。カビ臭さは鼻をついた。

起き上がって周囲を見回すと、月明かりや街灯にぼんやり浮かぶ程度の、薄暗い家屋だ。ところどころ、崩れている。人の生活音も、全くしない。外からどこか遠くのバイクのエンジン音が耳に入るものの、家屋内は全くシンと静まっている。

おそらく廃墟だ。



それから、先程までいたはずの、見知らぬ年上美女たちもいない。

俺は今まで、夢を見ていたのか?

飲み会帰りに、眠気に耐えられなくなって、廃墟を見つけて寝てしまった?年上美女は、寝ていた時に見た夢?

筋は通るが、これまで、俺は酔っていても路上や廃墟で寝たりの経験はない。

納得できる答えは見つからないものの、この廃墟にいるわけにもいかない。

俺はせき込みつつ立ち上がり、廃墟から歩み出た。



夜明け間近なのか、空は夜闇が弱まって、青みの目立つ藍色だった。

スマホの時計を見ると、朝の4時だった。メールも受信しているようだ。

メールを開く操作をしつつ、周囲を見回す。壊れた石畳の通りあり、通りに沿って廃墟が並んでいる。通行人もいるのか、古い街灯がポツポツ並ぶ。

俺は、この風景に見覚えがあった。

これら廃墟に提灯等がともり、石畳の道を舗装すれば、先程見知らぬ年上美女と一緒に歩いた飲み屋街だった。

周囲の風景に俺ははっとして、まさかとは思いつつ、俺は廃墟の玄関に戻る。

そして、玄関横に、見覚えあるフロントの棚。さらに、そこには、俺の鞄も有る。また、フロントは逆に、靴箱も有る。やはり、俺の靴も有る。

夢と思いかけていたものと、目の前に見ているものの一致。何が現実なのか曖昧になるような思いで、しばらくは動けずにいた。



解決しそうにないので、とりあえずメールを見る。相手は白壁からで、0時頃の受信だった。

開くと、『飲み足りない。これから独身二人で飲もう。今から米津のアパートに行くよ。今新宿だから、30分程で着くと思う』とあった。



4時間も前に受信したメールなので、白壁はとっくに俺のアパートに着いているはず。

だけど、この後に白壁からのメールの受信は無い。

白壁の現在の状況がよく解らない。



とりあえずアパートに帰るべく、夢だろう、先程見知らぬ年上美女と歩いた記憶からして引き返すように、道を歩いた。

すると、ちゃんと〇〇駅にたどり着いた。

それから、始発前の〇〇駅を横切り、アパートに戻った。



アパートの玄関に白壁が待ってはいない。俺は鍵を開けて部屋に入った。

俺は『来ないの?』とだけ返信しておいて、シャワーを浴びて、歯を磨いて寝た。



その日の日中、白壁から『米津のアパートに行く途中で、街で出会った女に気に入られてしまった。米津のアパートに行くのは今度な』とメールがあった。



その後、何度か白壁が俺のアパートに来る約束をしたことがあったが、全てすっぽかされた。

どうにも、俺のアパートに向かっていると、たまたまその女と新宿辺りで会って、○○駅辺りで飲んで、俺のアパートには到達しないらしい。

まあ、白壁にはいい加減な面もあるので、気にしないでいた。



一か月くらいして、また、新宿駅周辺の居酒屋で、白壁、笛田、俺の三人で飲み会をした。

そこで会った白壁は、別人に見える程痩せこけていたのだった。


第四章:小説家になる方法の一つ?交錯する歴史も|深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】


やつれていることを指摘すると、白壁は、最近ネット小説の売れ行きがよく、ファンのためにも毎日更新したりして時間が無くて、パン一枚で一日を過ごすことも多々有るので、そのせいだろうという。また、羽振りが良いので、三人分おごってくれるとのこと。

俺も笛田も、それは申し訳ない止せと言うと、白壁は、米津のアパートに行く時に限って〇〇駅で会う30半ば程の女に〇〇駅外れに有る古い日本家屋の料亭で奢ってもらっているから、たまには自分も誰かにおごらないと申し訳ないという。

新情報として、白壁は大学時代から恋愛していた女と破局したことを発表した。



その後、白壁がトイレに行っている時、俺と笛田は白壁について話した。

笛田は、白壁のやつれ方が、例の上司のやつれ方と似ているのが気になると俺に言う。

また俺の気になっていることは、白壁の言う『30半ば程の女に〇〇駅から少し外れたところに有る日本家屋の料亭でおごられている』ことである。

もしかして、俺が見た(夢の中のことだろう)見知らぬ年上美女や廃墟と同じだったら。

まあ、非現実的な話しなので、笛田には言っていない。

また笛田は、やつれた上司の話しに付け加えをした、「そうだ新情報で、そのやつれた上司、趣味のバンドで大きな収入があったんだ。

音楽の才能が有るようには見えないんだけどな、まあ、本業を適当なくせに副業が有るって腹が立つけどな。とは言っても公務員の副業は禁止だからなあ、もう辞めるつもりだろうよ。

そう言えば、あの上司も〇〇駅付近に住んでいる。米津と同じだな」と。



それからはいつも通り、意味の有ること無いことをしゃべった。

やつれている白壁だが、話すこと等色々いつもの通りだし、命の危険もなさそうだったので、しばらく様子見にした。



それにしても、「○○駅周辺」に、何か有るのだろうか?

やつれた笛田の上司は、俺と同じく〇〇駅付近に暮らしている。

白壁は、〇〇駅周辺に有る俺の暮らすアパートに向かっている途中に、30半ば程の女に出会ったあたりからやつれたと思われる。

夢の中のことと思うけど、俺が行った○○駅周辺の料亭。

そして、白壁の言う30半ばの女と俺の思う見知らぬ年上美女は、同一か?(まあ、そんなわけもないだろうが、小説家として話としては面白いと思う。)



翌日土曜日。

気になった俺は、〇〇駅周辺に在る市立図書館で、類似の出来事は発生していないか、記録を探して見た。

図書館の検索エンジンで、「いきなりげっそりと痩せた者」「げっそりと痩せた小説家」「げっそりと痩せたバンドマン」「30半ば程の女」等をキーワードに、検索した。

本文やタイトル等に、そうした文言の本や新聞記事や雑誌が、古いもの新しいもの問わずに、ヒットした。

それらを掻い摘んで読んだところ、いくつかのものに、共通点も浮かび上がった。それは、痩せた者に関する次のもの。

・○○市(○○駅が有る)内で活躍した。

・絵描きや詩人等芸術関係者が多い。

・いきなり成功して、また成功後にやつれた。

・30半ば程の女と、恋愛のようなそうでないような妙な関係になったと、本人は述べている。また、配偶者や婚約者との関係は破たんしたこと。



また、年代は現代~明治時代に絞られた。最も古いものは、明治時代のものだ。

それならと、市の明治時代の歴史に関する書籍を、何冊もピックアップした。

それらを流し読みしていると、一冊に、「文化人の活躍を支えた女性」のことが書いてあったた。本案件に関係有るものかと、集中力を上げて読んでみた。

その女性の説明文を要約すると、次のもの。

『明治時代に現在の〇〇市(○○駅が有る)の名家に生まれた女で、自身敏腕経営者として名をはせる一方、売れない絵師等を恋人として援助して後、絵師等が有名人になると、決まって破局を繰り返した』。『晩年は行方不明』。

説明文の最後に、その女性経営者の写真も印刷されていた。明治時代の古い白黒写真だ。

俺はその写真を見て、衝撃が走った。

その顔は、俺があの夜に出会った見知らぬ年上美女と瓜二つなのだ。

錯覚ではないかと、もう一度しっかり写真の女を見る。すると、写真の女は俺に微笑んだような…。

俺は、びっくりして本を閉じた。


以上、「深夜の街灯り【ロマン怪奇小説】」。

他の話は「怪談・怖い話・無料小説一覧」へ。



※本小説はフィクションであって、実際にある土地名や団体等とは一切関係ありません。

※本ブログの記事は全て、著作権によって保護されておりますことへ、ご理解のお願いを申し上げます。


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都内街散歩【幻想怪奇小説】

日常よく訪れる土地でも、詳細に見回すと、立ち入ったことのない路地等も有ります。

会社帰りや散歩等、道を一つ変えるだけでも、日常は非日常へと変貌をします。

ただ、そのせいで怪奇現象に出くわすこともあるかも?

この話は、仕事帰りの散歩で偶然見つけた、古い建物のラーメン屋での話です。


(分量は文庫本換算4ページ程ですが、以下目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他は「本blog全記事の一覧」へ。)




第一章:仕事帰りの冒険|都内街散歩【幻想怪奇小説】


或る金曜日。時刻は20時程。

職場の有る都心から、アパートの有る多摩地区(東京都内において23区と島嶼部を除いた市町村部)へ電車に揺られていた。



真っ直ぐに帰宅するのはもったいない。

自宅アパート一駅隣は、多摩の一大都市の一つに位置する。



しばらくして、その駅に到着。俺は、降りた。

ホーム、駅舎、駅舎周辺と歩いてみる。

そこに有る店たちは、グループ客で賑やかだ。一人飲みには適していない。



俺は、街中心から離れるように、歩いて行った。


駅舎を出てすぐのところに、南北の大通りが走る。大通りに沿って、高層ビルやら大手デパート等も立ち並んでいる。現代的風景だ。

また、新旧ラーメン屋も多々有って、激戦区の様相。醤油、塩、味噌、豚骨、鳥、魚介、こってり系、あっさり系…。多種揃っている。



南北の通りに沿って南へと歩く。通りの先に、大きくて歴史の古い神社が待ち構える。南北の通りは、そのまま参道へと切り替わる。

現代的な都市に大きな神社の有る風景は、この街の特徴とも言える。

神社前には、南北の通りと交わる、東西の通りも有る。この東西の通りを東へとずっと進めば、都心に出る。

俺はこの東西の通りを、西へと折れた。



少し歩くだけで、街の風景は変わり始める。

駅周辺の洗練された高層ビルは、姿を消す。2・3階建ての、低くて古いビルやら一戸建ての古い家屋といった、古い建物たちが並ぶ。

すれ違う人の数も、駅周辺に比べると、ずっと少なくなった。



この辺りになら、金曜日でも一人飲みできる店だって、有るかもしれない。


第二章:街中心部からどんどん離れて|都内街散歩【幻想怪奇小説】


低層の古いビルには、大手も個人商店も問わず、飲食店や量販店や何ら中小企業事務所等、さまざまに入っている。

大手外食チェーンの看板は現代的であって、古いビルとはマッチしていない。店の中では、看板と違い、奇妙な仕事でも為されているのでは?といった、不気味さもある。

(また、以前、仕事の都合で夜中にこの街を歩いたこともある。店仕舞いするも多くて、エリア全体、暗くなる。そんな暗い街で、古いビルに数店のみ、深夜営業の店の看板がぼんやりと浮かぶ光景も見たことがある。怪しさも感じてしまった。)



店前に出ているメニュー看板等を見つつ歩いたが、失礼ながら、しっくりこない。

街からさらに遠ざかるように、歩は進んだ。



それで、南北の幹線道路との交差点に、達する。俺は横断して、なおも東西の街道を、西へと歩く。

この交差点を越えると、年季の入ったビルや一戸建て家屋が増える。

そんな古い家屋たちの間には細い路地があって、この東西の街道から、分け入ることができる。



俺は、そんな細い路地の一つに、足を踏み入れた。

細い路地にも、街道からは見えない古い家屋が、延々と並んでいる。本当に失礼ながら、蹴ったら倒れるのでは?という古い家屋も有る。

また、この辺りは、街灯は点々と照らす程度。街中心部と違って、大きな看板も無い。建物の窓も小さいため、窓から漏れる灯りの量も少ない。総じて、暗い夜道だ。


そんな、古い家屋の並ぶ暗い路地に、お洒落な居酒屋を見つけた。

建物の大枠は、実に古い木造家屋だ。だが、補強したり整備したりで、現代的でシックでお洒落な居酒屋となっている。ガラス張りの玄関の向こうで、アーティストの手掛けたような内装が、柔らくて薄い明りにぼんやりと浮かんでいる。静かにお酒を楽しんでいるグループも見える。


満席のようなので、俺はその店には入らずに再び路地をウロウロした。


細い路地を、南北に東西に、歩いた。


住宅も増えてくる。

古い戸建て住宅、古い低層アパート、比較的新しい中層マンションなどなど。こうした古い小さい建物の屋根越しに、駅前の巨大高層ビルも見える。何やら、遠近感を狂わされるようだ。


今俺の歩いているのは東西の路地か南北の路地か?わからなくなってきた。

路地を右に折れた時、遠く先で、料理屋らしい看板が、暗い通りに一か所、ぼんやりと灯っているのが見えた。俺の視力では、看板に何と書いてあるのか解らない。

灯った看板に向かって歩いていると、ようやくピントは合って、中華料理屋であることを捉えられた。昔ながらのラーメンや炒飯を出すような、街中華っぽい。


第三章:とても古い日本家屋のラーメン屋|都内街散歩【幻想怪奇小説】


やがて、店の前にたどり着いた。

家屋は、木造日本家屋である上に、とても古い。看板は、半透明のプラスチック板を、内側から電灯で照らす、レトロなもの。

全体として、平成時代を経ているとは思えないようだ。



俺は、冒険心をくすぐられた。

こんな店なら、例えまずくても、現代では珍しい味に触れらる可能性も高い気もした。

暖簾をくぐった。いかにも古い暖簾だった。



入ってみると、客は誰もいない。

80代?いや90代か?店員と思しき老夫婦がテーブルに座って、テレビを見ていた。

俺を見て、「いらっしゃい」と言う。


二人ともゆっくり立ち上がり、曲がった腰で動き出す。

じいさんは厨房に、ばあさんは俺をカウンター席に誘導して、水を継いだ。


俺は座って、コップ一杯の水で一息ついた。

店の時計を見たところ、もう21時を回っていた。


内装もまた古い。カウンターもドアも、年季の入った木製のもの。腐ってはないがさまざまな作用は積もって、変色している。カウンターの花瓶も壁の装飾も、現代は見かけない色味、模様だ。

俺の知っている街中華の店の中で、トップを争う古さだ。



木の壁にズラリ並ぶ、メニューを見上げる。

醤油ラーメンをトップに、チャーハンやら野菜炒め、レバニラ、麻婆豆腐、唐揚げ定食などなど、街中華の定番メニューたちだ。


俺は、メニュートップのラーメンを注文した。

待っている間、厨房の音とTVの音以外に、古いアナログ時計の「カチカチ」という音以外、何もない。


しばらくして、ばあさんが、ラーメンを運んできた。

ラーメンの見た目は、予想通り、街の中華料理屋によく有る、優しそうな醤油ラーメンだ。


一杯すすって、その味に驚いた。

見た目とは裏腹に、鳥ガラと魚介のコクや甘味は強い。でも、まったりとはしていない。旨い。


やがて食べ終えた俺は、満足して店を出た。



店から出た時。ここはどこなのか?と迷った。

路地をめちゃくちゃに歩いてたどり着いたのが、この店だ。

遠くの方で、ガタンゴトンと電車の走る音がした。線路に出れば、方向は掴みやすい。とりあえず、線路に出ようと思った。

だけど、古い建物たちに反響して、どっちの方向で電車が走っているかを、掴めない。やがて電車も過ぎて、ガタンゴトンは収まった。

スマホを立ち上げたが、速度制限のためか、地図を開けない。



まあ金曜日だし、フラフラ歩いていると、旨い店を見つけられるかもしれない。

呑気な気持ちで、暗い路地を、また歩きだす。


結局、中層ビルのホテルに出くわした。スマホを見ると、もう23時30分。くたくただったので、俺はそのホテルに泊まった。


翌朝、フロントで駅への道を尋ねて、ホテルを出た。

太陽で明るい街を見ると、何のことはない。ホテルの前の一本道のずっと先には、線路が横たわっている。


俺は、フロントで聞いた駅への道には向かわずに、線路の位置から自宅アパートの位置を計算して歩き、難なく自宅アパートにたどり着いた。


第四章:あれ?変だな|都内街散歩【幻想怪奇小説】


あのラーメン屋には、その後も通った。

TVやネットニュースで取り上げられるラーメン屋にも興味有ったものの、それより、あのラーメン屋の他のメニューも気になった。



だけど、仕事帰りの21時くらいに訪れた場合、いつも閉店している。



自宅アパートから歩いて行ける距離なので、仕事が休みの夕方に、訪れてみた。

開いている。


だが、初めて店を訪れた時に応対してくれた、じいさんばあさん店員には、一度も会わないのだ。

夕方に会う店員は、70代くらいのおじさんおばさんだ。

何にせよ、ラーメンは以前同様に旨い。


驚いたのは、壁に、営業時間案内の張り紙が有るのに、気が付いた時のこと。

平日昼を重点に営業している店であって、夜は18時~19時程で閉めるとのこと。

では、俺が初めてこの店に入った日、22時くらいでも営業していたのは、なぜ?


張り紙に疑問を持った俺は、野菜炒め定食を運んできた70歳くらいの店員に尋ねた、「90歳くらいのおじいさんおばあさん店員は、いつお店に出るんですか?」と。

その応えにまた驚いた。

70歳くらいの店員は言った、「そんな店員、おられませんよ」と。


以上、「都内街散歩【幻想怪奇小説】」。

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※本ブログの記事は全て、著作権によって保護されておりますことへ、ご理解のお願いを申し上げます。


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奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】

この話は、大学講師の男が、山奥へ化石調査に出たっきり戻って来ない教授を探して遭遇した、怪奇的な話です。


(分量は文庫本換算12ページ程。以下目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他の話は「本blog全記事の一覧」へ。)





第一章:教授が行方不明?山奥で発見された奇妙な化石との関係は?|奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】


俺(稲岡義仁・いなおかよしひと・29歳)は、国領教授(考古学者・55歳)を探しに、多摩の或る山奥へと出発するところだ。

国領教授は、友人の隠遁生活宅へ行ったきり、帰ってこないのだ。



10日前のこと、国領教授に対して隠遁生活者から「面白い化石を発見したよ。怪奇的でもあるぞ」と連絡が有った。

国領教授は、その翌日から三日間の滞在計画で、隠遁生活者宅の在る山奥へと出かけていった。それっきりなのだ。



隠遁生活者と国領教授の関係は、平たく言えば友人。何年来の付き合い等は知らない。

同い年だが、隠遁生活者は、金融の仕事で十分稼いだこともあって、50代で退職した。

その後、現在に至るまで、趣味の宝探しのようなことを楽しんでいる。

特に、旧石器時代の遺跡に魅力を感じているようで、論文等を読んで遺跡を訪れて自分なりに調査して論文を書いているようだ。

家は、本宅は別に有るようだが、現在は、山奥の粗末な小屋で暮らしている。山奥で、化石探しでもしているようである。



このたび、隠遁生活者は、その山小屋付近で、「面白い化石」を発見したよう。そして、友人である国領教授に、見て欲しいと依頼して来たというわけだ。



国領教授は、出かける前に俺に、顛末や滞在計画等を説明した。

(俺と国領教授は、研究チームを組んだりと、何かと関係が有る。)

だが、国領教授は、帰ってくる予定の日になっても帰って来ないし、滞在を延期するという連絡も無かった。



俺は、教授の携帯電話に連絡してみたが、つながらなかった。隠遁生活者の携帯電話の番号も知っているので、そちらにもかけたものの、つながらない。

唯一、隠遁生活者宅の固定電話はつながった。だが、隠遁生活者が出たものの、会話がかみ合わなかった。

こちらの質問に対して、ただただ「心配ない」とばかり言っていた。また、電話越しの隠遁生活者の様子は、以前のものと違っていると感じた。ことばのやりとりならできているものの、感情は伝わらないというかな。(状況的に「心配ないと」言われて心配が収まるものでもないのに、心配ないと述べるのみで言うべきことは全て言ったと言われているような。)

また、その電話で教授の声も聞いた。

声は、確かに教授のものだった。だが、隠遁生活者と同じように「心配ない」とばかり言って話しはかみ合わない。

その間に、俺は教授の奥さんにも連絡した。俺同様の心配であるようだったが、俺同様に、隠遁生活者宅に電話して、教授の声は聞いたと言う。



奇妙には感じた俺だが、「心配ない」を信じて、教授の帰ってくるのを待っていた。

だが結局は、連絡も無いままに一週間経った。



俺は、こうした一連の事態に、今日、強硬手段に出る。隠遁生活者宅に、連絡無しに、押し掛けるのだ。


第二章:山小屋への遥かなる道のり|奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】


①異世界小道?


俺は大学研究室を出て、〇〇線(電車)に乗った。都心とは逆の方向、多摩地方の山々の広がる地へ、向かった。



電車内でスマホ検索して、国領教授の滞在しているはずの山小屋周辺等で、何ら事件等は発生していないか、調べた。

検索結果として表示されたページの中で、個人的なブログも表示されて、その内容は気になった。それは、次のもの。

「登山中に谷を見下ろした。谷に茂る木々が、激しく揺れている箇所が有った。周囲は全く揺れていないから、風によるものではない。さらに、その妙な揺れは移動していた。まるで、木々を揺らしながら歩いている何者かいるみたいだった」と。

この投稿に対する返信はたくさん有って、ブログ内ではちょっとした騒ぎになっていた。

国領教授のことと関係有るのだろうか?



窓の景色は、多摩地方の都市をいくつか過ぎて、そのたびに、遠くに眺めていた山々が近づいてきた。やがて、それら山々の麓に在る駅に、到達した。

駅舎を出ると、山々は目前にせまり、見上げるようにそびえている。今先頭に並ぶ山々の間からは、違う山々が顔をのぞかせている。都会と違って、昆虫の鳴き声が目立つ。

駅舎周辺は、駅舎や駐車場等のために、平地にならしているので、土地は開けている。そんな駅舎スペースの外を、二車線のアスファルトの道路が横切る。

この二車線道路は、山々の合間を縫う幹線道路であり、それなりの量の車も通る。

ただし、まだ深い山々の真っただ中ではない。この駅舎の辺りから、(都心とは逆方向に進むと)どんどん山々は深くなっていくのだ。



この幹線道路からは、小道もところどころに延びる。

幹線道路を進むなら、深い山中へと分け入っても、その先には都市が待っている。一方、小道を進むと、深い山中をさらにさらに深くへと分け入って後に、深い山中でゴールとなるものも有る。

俺は本日、そんな小道へと分け入る。



俺は、幹線道路を、山々の深くなる方向へと歩き出した。

二車線道路の左右には、木々が茂る。道路に覆いかぶさることもなく、日中の今は太陽の光を受けていて明るい。適度に森林浴を楽しめるので、ハイキングには良いだろう。

しばらく歩くと、幹線道路から小道が伸びる地点に至った。車一台分程の幅の小道だ。

今回、俺の進むべき小道だ。まるで、木々の作るトンネルのようだ。



俺から向かって、小道の右手側は木々の茂る山肌が迫っている。逆に、小道の左手側は山の下り斜面だ。どちらの側にも、木々が聳えて枝々を伸ばす。

枝々はそれぞれ、太陽光を求めてくねくねと伸び放題である上に、葉を茂らせている。そのせいもあって、小道にまで到達する太陽光は少ない。

幹線道路からは、この小道の先は薄暗くて見通せない。まるで、異世界への入口とでも言おうか?

何やら、この小道は人が作ったものではなくて、人の世界に用のある異世界の者が作ったものだとも感じてしまう。



俺は、小道へと歩を進めた。


②遥かなる山小屋-地平線へと続く山々


薄暗い小道を、俺は、教授にまつわるものは落ちていないかも注意しつつ歩く。右手側の山肌やら左手側の谷を目視して。



先程の幹線道路は、この小道への入口を過ぎて以降は、下り道。逆に、この小道は登り道。

小道を歩きはじめた時には、左手側の木々の間から、幹線道路を見下ろすこともできた。走る車のエンジン音も聞こえてきた。

だが小道歩いている内に、幹線道路と小道の高低差は大きくなり、幹線道路は見えなくなった。エンジン音も聞こえなくなった。

今や俺は、薄暗く閉ざされた世界を、寂しく歩いているようだった。

この小道の先に、それも、歩きなら遥かな先に、例の隠遁生活者の山小屋は有るのだ。



俺は小道を歩き続ける。小道を曲がったり、登ったり下ったり。

いつの間にか、右手側が谷で左手側が山肌と、逆になった。俺は、次第に、方向感覚が無くなってきた。ここまで一本道だが、同じ道を引き返しても、幹線道路に戻れる気もしなくなってきた。



さらに小道を歩く。

左手側の木々の奥行が浅くなって、薄暗いこの小道へ差し込んでくる光が強くなった。

さらに歩くと景色は開けた。

開けたそこは、緩やかな斜面ではなくて、崖であった(崖だから木々の奥行きは減ったようだ)。

遠くを見通せた。

地平線へと延々、山々は続いている。また、山々には木々が茂っていてまさに深緑色の世界だった。(山々の間に、山々の裾や平地も有る。それらは、まるで木々の大海原だ。隠遁生活者の家は、そうした所に位置していたような。)

随分と遠くまでやって来た気持ちだ。それでもまだまだ、隠遁生活者の山小屋は遠い。俺は、地平線へと広がる山々を横に、また歩き出した。


③遥かなる山小屋-夕立


小道をさらに奥へと歩いていると、周囲がさっきよりも暗くなっていることに気が付いた。

見上げると、枝や葉の間から、真っ黒な積乱雲が空を覆っているのが見える。冷たい風はドっと吹いて、周囲で落ち葉はカラカラと舞う。そして、山一帯に雷鳴の轟音は響いた。

俺がリュックから傘を出すのとほぼ同時に、葉っぱをパチパチ打つ音がする。いかにも大粒の雨だ。どんどんと雨音の連打は速くなっていき、ついに滝のように降り出した。左手側の地平線は、滝のような豪雨に煙る。

慌てて傘を広げると、傘を打つ雨音が激しい。

不定期な強い風が、方角を問わず雨の滝をねじまげる。そのたびに俺は、バケツで水を浴びせられたように、水浸しとなった。俺は、傘を両手で握りしめつつ、前後左右風上へと向けて、傘が壊れないように必死になった。

時折閃光は走り、雷鳴が響く。



それでも相変わらず、小道を歩き続けた。

何分たったか何十分たったか。

いつの間にか、強風や豪雨に苦労をせず歩いている自分に、気が付いた。

空を見上げると、先程の真っ黒な雲は、太陽光を透かす程の薄い雲になっている。雨粒の大きさも、小さくなった。風も弱くなった。雷鳴も、遠くの方で小さく聞こえている程度だ。


④遥かなる山小屋-夕空そして夜の闇


さらに、山小屋を目指して歩く。

灰色の空には、いくつもの隙間ができてきた。

地平線に広がる山々に、あちこちで太陽光の柱が立つ。傘を打つ雨音は、空から降ってくる雨ではなくて、木々から落ちる滴の音だ。



その後も、時間が経つ程に雲はかき分けられていった。空ものぞくことができる。

ただしその空というのは、青空でなくてオレンジの空。スマホで時刻を見ると、夕方の18時であった。



柔らかなオレンジの空に、ふと穏やかな気持ちになったが、ふと本日の計画を思った。

空の青い内に、隠遁生活者の山小屋に着くと思っていたのに。



その時、俺の頭上で、バサッと木々を揺らす音がした。

見ると、猛禽類のような大きな鳥が、左手側の崖へと飛び立ったところだった。山々の折り重なるその奥に夕日のオレンジの柔らかく輝く地平線へ、横一文字に翼を広げて空を切っていった。

遠いオレンジ色の空には、チリジリの細かい雲たちは、紫色に染められつつ、追いかけっこのように同じ方向に流れている。

あと1時間もすれば夜の闇に包まれるだろうと俺は考えた。



それからの小道は、どんどんと下っていった。崖沿いの道から見えていた景色で言う、「木々の茂る大海原」に潜っているのだ。

先の見通せない真っ暗な深海のようだ。時刻も夕方から夜へと差し掛かっており、周囲のあらゆるものが藍色に染まっている。



さらに歩いていると、懐中電灯を必要とするくらいに暗くなった。俺は、隠遁生活者の山小屋は、この先に本当に有るのだろうかと、不安になってきた。もし、記憶違いならどうしようかな。


第三章:木々の間から聞こえる奇妙な声?隠遁生活者の山小屋|奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】


①誰かいるのか?


さらに歩く。

小道の脇の斜面に、不自然に木々が途切れている場所を見つけた。そこに、階段も有る。隠遁生活者の山小屋への入口だ。

俺は、安心感でため息をつきつつ、階段に足をかけた。



その時だ。



周囲の闇の中から、話し声らしきものが聞こえた。



どこだ?



振り返って懐中電灯あちこちに向ける。小道やガードレールや木々等が、懐中電灯の光の範囲のみ、闇の中に浮かぶ。

そこには、誰もいない。でもまだ、話し声のようなものは聞こえる。

会話のように、二つの違う音が抑揚をつけてやり取りしている。だから、単に「音」ではなくて「話し声」「会話」だと判断した。

ただし、何を言っているのか理解できない。音が小さいからではなくて、知らない言語を聞いているようだ。

やがて、「話し声」は徐々に遠ざかっていって、聞こえなくなった。後には、虫の鳴き声や葉や枝の風にざわめく等だけであった。



俺は疑問にも、また不気味にも思った。

とりあえず、階段へと身体を直して上った。


②電話の時と同じ?隠遁生活者の奇妙な様子


階段を上りきると、山の斜面に沿って細い道は続く。その先にぼんやりと灯りが見える。隠遁生活者の山小屋だ。

俺は斜面を登り、隠遁生活者の木造の山小屋玄関に立った。

呼び鈴はないので、拳でノックをした。返事が有る。それから、こちら玄関へと向かって来る足音が有って、ドアが開いた。



そこには、以前会った通りの隠遁生活者が灯りを持って立っていた。

隠遁生活者に対して、質問したいことはたくさんあるが、不躾なのはよくない。俺は、「お久しぶりです」「連絡も無しに来てしまいました、すいません」等と、挨拶をした。



挨拶は通じたのか通じていないのか、解らない。隠遁生活者は、ただ「あがれあがれ」等と言って中に入るよう促す。俺は靴を脱いで上がる。

隠遁生活者は、しゃべり方も表情もぎこちない上に、俺を先導するために歩くが、ゴトゴトと変な音もする。

「こんな感じの人だったかな?」と疑問にも思った。

それから、「きょうはにかいにとまりなさい」と言いながら俺を二階の部屋に誘導した。俺が部屋に入ると、とっととドアを閉めて階段を降りていった。

流れ作業のようだ。



一人で部屋に残された俺だが、話しをしないことにははじまらない。俺は、隠遁生活者を追って一階へと部屋を出ようとした。

ところが、ドアノブに手をかけたところ、回しても押しても引いても、ドアは動かない。

外から施錠されているのでは?という考えに至って、疑問と不安は芽生えた。

室内を見回すと、部屋の窓の鍵が不自然だと気が付いた。フック式のロックは、内からでなく外から施錠をするように設置されている。そして施錠されていた。

隠遁生活者は、なぜ俺を部屋に閉じ込めたのか?


③脱出できるか?そして隠遁生活者の秘密を捉えろ


だが、俺には知識が有る。フック式ロックを、正規の操作で外すのではなくて、ロックの付いていない側から外せるのだ。俺は脱出を試みることにした。



鞄から針金を取り出して窓際へ行って、針金をフック式ロックに関わっている重なった窓の隙間に通して、多少強引に操作して、フック式ロックを外した。

探偵小説好きの俺は、ガムテープと針金とピッキング道具は常に持ち歩いている。学者でなければ刑事になっていたと思っている。

持ってきた荷物を背負って、ロックを外した窓を開けて、雨どいを伝って裏庭へと降り立った。



靴を取りに行くため、表玄関へと小屋に沿って回る。

通る窓の一つ一つで、奇妙な隠遁生活者がこちらを監視していないか、教授にまつわる情報は得られないか、家の中の様子を探りながらそろりそろり歩いた。



玄関に近い窓から室内を見通した時に、隠遁生活者を見つけた。

小さなランプの黄色い光にぼんやりと、部屋は浮かぶ。その中で、背もたれの付いた木の椅子に、隠遁生活者は座っている。俺のいる方には、背を向けている。背もたれの上側に隠遁生活者の頭だけのぞいている。



その窓をそろりと通り過ぎて、玄関の前に来た。

ゆっくりと、玄関のぶを回す。

ガチャと音がした。家の中にいる隠遁生活者は、この音に反応する動きがあるかもと、ドアに耳を当てた。

特に動きはないようで、全く静まり返っていた。小さい音だが、何やら機械のエンジンのような音がするのみ。

俺はそのまま、ドアに耳を当てつつゆっくりと玄関の扉を開けた。

そして、玄関に有った俺の靴を手に持った。



後は、靴を履いて、この山小屋から逃げるのみだ。

ただ、俺は迷った。

隠遁生活者の奇妙な言動からして、近寄らないのが妥当だろう。でも、国領教授の情報を全く得られていないのは、味気無い。また、隠遁生活者に対して問い詰めたいことも多々ある。

それに、建物から隠遁生活者以外の気配はない。隠遁生活者と取っ組み合いなんて嫌だけど、俺が隠遁生活者と言い合いしている時に、誰か敵として加勢する者もいないはず。



俺は、手に持った靴を、また置いた。そして、そろりと家に上がった。



先程、窓から確認したところでは、隠遁生活者は玄関横の部屋にいるはず。俺は、その部屋の前に立った。

俺は取りあえず、ドアに耳を付けて部屋の中の音を探った。中から、小さなエンジン音以外には目立つもの無い。



問い詰めたい思いも不安の思いも有りつつ、俺は思い切ってドアを開けた。

そこには…。

隠遁生活者が、先程、窓から頭を覗いたのとは逆に、こちらに向かって座って居た。

隠遁生活者の身体は、Yシャツのボタンは外されていてはだけている。そして、はだけたそこは、生身の身体ではなかった。

黒くて金属のように硬そうなものであって、床下から伸びている何本ものコードが刺さっている。

隠遁生活者の顔(この光景を見たなら本物の隠遁生活者ではなくてそっくりに作られた何か疑わざるを得ない)は目を閉じたままであって、俺のことに気が付いていないように無反応。

でも、何らの刺激を与えると目が開いて、俺に何か攻撃をしてくる気もした。



俺は、心は焦りながら、刺激を与えないようにゆっくりと後ずさりした。

後ずさりしつつ気が付いたのは、先程からのエンジン音は、床下から聞こえてくるようだ。ここは1Fであるが、床下に、地下室でも有るのだろうか?



やがて、玄関にたどり着いた。

ここからでは、部屋の中にいる隠遁生活者(或いは隠遁生活者そっくりに作られた何者か)は見えない。

そのまま、静かに靴を履いた。そして、開いたままにしてある玄関ドアを、ゆっくりと外に出た。

外に出てからは、恐怖や焦る気持ちが一気に爆発した。庭から、小道へと、一気に駆け降りた。


その時。

また先程のように話し声がした。やはり山小屋の周辺に何かいるのか?

先程とは違って、慌てているようにも思う。どこからだ?

俺は、さっとリュックから懐中電灯を取り出して、声のする方へと向けた。


第四章:謎の生物?そして教授は?|奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】


①大きくて腕と手と爪に特徴有る生物


懐中電灯は、光の範囲のみ、闇から小道、ガードレール、ガードレール向こうの木々の茂る自然の地を浮かび上がらせる。

そしてガードレールの向こうで、うごめいているものがあった。黒くて大きなものだ。

何かいる!でも、何者かわからない。俺の中で、不安と緊張感が走った。

俺は、うごめくものが懐中電灯の灯りの中心になるように、向けた。

うごめくものから、何か伸びた!腕だ!

うごめくものは、腕を伸ばして指でガードレールを掴んだ。

人か?

いや…。

その指に目を凝らすと、やたら太いし、毛むくじゃらだし、爪は鋼鉄のように丈夫そうな上に鋭利で長い。

何者だ?

それから、うごめくものは、ゆっくりと頭、上半身、下半身の順に起こす。片方の手でガードレールに手を添えて、もう片方の手で顔をおさえつつ立つ。

人間のようでもあるが、ゴリラのようでもある。でも、どちらでもない。身長は2mを越えている。身長に比して、腕はやたらと長い。また、腕の長さに比して、指はやたらと長い。全身毛むくじゃら。



俺は、恐怖に後ずさりしていたが、そいつは、立ち上がって後も、ガードレールに手を添えて、フラフラしている。

顔を手でおさえつつ、何かを探すように首を左右にきょろきょろして、鼻は何かを探すように嗅いでいる。

俺にとびかかってくる様子も無い。そんなに獰猛な生物でもないのか?

首をきょろきょろさせていたが、俺のいる方に定まって来た。匂いで俺を感知したようだ。



それから、抑揚や高低有りの、多種の音を発する。ことばのようにも思った。

試しに、俺はそいつに、懐中電灯を向けたまま、しゃべりかけて見た。「何者だ?」と。

するとそいつは、何を言っているのかはわからないが、ことばのようなものを返した。何となくだけど、俺に何かを尋ねているようにも思った。

俺はよく解らないので、「解らない」と述べた。その後も、何か尋ねられている気がしたけれど適当に返事する以外にない。



しばらくしてそいつは、顔を覆っていた手を外した。

その瞬間、そいつは激しいうめき声をあげて、ガードレールから手を離して、痛そうに両手で目を覆う。また、ガードレールから手を離したことで、バランスを崩してガードレール向こうの斜面を転げ落ちた。



俺はガードレールにかけよって、斜面下に懐中電灯を向けた。

だが、そこにはうごめくものは何も無い。草木が茂って、夜風に揺れているだけだった。



一瞬で消えた?

何だったのだろう、今の生物は。俺の知らない生物か?人類にとって謎の生物か?



俺はまた、はっとした。

山小屋への階段を、懐中電灯で照らす。隠遁生活者らしき何者か?は、俺を追って来ていないようだ。



とりあえず、今日のところは逃げよう。俺は、来た道を走り出した。



俺は、時々振り返って何も追いかけて来ていないことを確認しつつ、真っ暗な山道を、恐怖心とともにひたすら走った。

走っても走っても、暗くて細い道は続いていて、暗闇から抜け出すことができないかもしれないと、思った。



それでも、走っていると、暗闇の奥で、かすかに自動車の走る音が聞こえてくるようになった。また、車のライトや街灯も見える。

それから、幹線道路へ出ると、もう一度小道を振り返った。妙な生物等、追ってきていないようだ。

俺は、走るのをやめて、歩いた。

やがて、電車の走る音も耳に届くようになった。遠くに、駅舎の灯りも目に入るようになった。

それから、安心感も持ちつつ、駅構内に入った。


②戻って来た?教授


電車に乗ってから、色々考えた。

隠遁生活者の奇妙な様子を、警察に連絡するべきなのか?連絡するとしたら、どのように説明する?事件として取り上げてくれるか?そして何より、国領教授は今どこにいるのだろうか?

それと、あの妙な生物は何者なのだろうか?懐中電灯の光ですら激しく眩しがったり、大きな爪だったり、まるでモグラのようではないか?地中で暮らしているのだろうか?



その後、自宅アパートで、食事中もシャワーの時も布団に入ってからも、隠遁生活者のこと、国領教授のこと、妙な生物のことを考えていた。



結局、答えを出せないまま、翌日になった。とりあえずは、いつものように大学に出勤した。



研究室のデスクに座っていた時だ。

ノックをした者があった。返事をするより前に、ドアが開いた。

驚いたことに、国領教授が入ってきた。

俺はデスクから立ち上がって、国領教授に歩み寄って、「帰ってくる予定の日にも帰って来ないから心配したんですよ」なんて、言った。国領教授の顔を見ながら。

そんな俺に対して、国領教授は、「しんぱいさせてしまってもうしわけないけど、なにもしんぱいすることはないから、わたしのことをほうっておいてくれ、けんきゅうしつをのぞかないでくれ」と一方的に言って、すぐに俺に背を向けて部屋を出るべくドアへと向かった。



ドアに向かう国領教授は、歩くたびにゴトゴトと変な音がしている。

また、今見た国領教授の表情は、妙にぎこちなかった。

会話もかみ合わない。

それらは、昨日、山奥で会った隠遁生活者の変わり様と、同じではないのか?…。



「帰ってこない国領教授の件」は、これで解決なのか?そんなはずはないだろうな…。


以上、「奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】」。

続きは「追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】」へ。

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進化史については「子孫が異種になる?生物進化史1【コズミックホラーのきっかけに】」へ。



※本小説はフィクションであって、実際にある土地名や団体等とは一切関係ありません。

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追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】

この話は、「奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】」の続きです。

さて、教授は本物か偽物か?偽物だとすれば、何のために大学に潜り込んで来たのか?この話は、或る化石をめぐって、深夜の大学博物館での怪奇的な追跡劇です。


(分量は文庫本換算13ページ程。以下目次をタップ・クリックでジャンプできるので、しおり代わりにどうぞ。他の話は「本blog全記事の一覧」へ。)




第一章:教授の偽物?|追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】


俺(稲岡良仁・29歳・多摩文理大学講師)は一人、自分の研究室のデスクに座っている。

もう夕方だ。

3Fに有るこの研究室の窓から、オレンジの夕日が多摩の街を遠くまで染めているのが見える。

手前には広い大学キャンパス各棟、その向こうに中小企業のビルの混ざる住宅街、その向こうに街中心部の高層ビルやデパート等の建物。みんな、夕日の柔らかいオレンジ色に染まっている。



徐々に世界は静まる時間帯に。だが、今日の俺の戦いは、これから始まる。

国領教授は、夜中に自身の研究室に籠って、何をしているのか?今日は俺も帰宅をせずに、こっそりと国領教授の夜中の行動を突き止めるという、強硬策に出る。



国領教授は、戻ってきた日以来、様子はおかしい(「奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】」のこと)。

国領教授もまた、隠遁生活者同様、表情はぎこちなくて、歩くたびにゴトゴト音をさせるようになっていた。会話もかみ合わない。帰宅もせずに、自身の研究室で寝泊まりにしているようだ。

事務局に国領教授の授業を尋ねたところ、しばらく休講だそうだ。国領教授の奥さんに連絡をしたところ、研究のためしばらく帰宅しないと言っているそうだ。

果たして、国領教授は、研究室に籠って何をしているのだろう?大学に人のほとんどいない夜中にはどうしているのか?

そんな疑問を解決するためにも、俺は今日、俺の研究室に泊まって、同フロアの研究室に籠る国領教授の夜以降の行動等、探ろうと思っているのだ。



ただ、俺は隠遁生活者の家での体験(「奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】」のこと)からして、今本大学にいる国領教授を、本物だとは思っていない。「国領教授に扮した何者か偽物」へとすり替わっていると思っている。



夕方になった今だが、「国領教授に扮した何者か偽物」に、特に動きはない。


第二章:追跡劇|追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】


①動き出した教授


それから時間は過ぎた。俺は、教授の動きがないか、廊下の音を探りつつ、デスクに座って論文の案を考えたりしていた。

夕日は沈み、すっかりと夜に。



22時を過ぎる。

俺の居る大学研究室の窓から見えるキャンパスの景色に、人の姿はほとんどない。時々、電灯の下でダンス練習をしている学生等がいたり、どこぞの部屋で活動を終えた一団が下校する場面も有るくらい。



23時。

もう、サークル等の活動をしている学生も見えなくなる。



そして0時。

廊下でゴトゴトと音がしてきた。「国領教授に扮した何者か偽物」の歩く音だ。俺に、にわかに緊張感が生じた。

俺は椅子から立ち上がって、ドアの前に立って耳を澄ます。ゴトゴトという音は、俺の研究室の前を通り過ぎていったようだ。

通り過ぎたことを確認してから、俺はそっとドアを開けた。廊下には、遠くでゴトゴトという音は響いている。



俺は研究室を出て、その音を追った。

足音を立てないように慎重に、でも「国領教授に扮した何者か偽物」に追いつくために、素早く、廊下を歩いた。

ゴトゴトという音は、それ程速いペースでもなくて、また歩幅も大きくはないようだ。ゴトゴトの音が大きくなっていることで、追いついていると感じた。

廊下の曲がり角のたび、その曲がり角を曲がった先の廊下を「国領教授に扮した何者か偽物」は歩いてはいないか先を見通して、進んだ。

そして、一つの曲がり角からそっと先を見通すと、その廊下をずっと先の方で、「国領教授に扮した何者か偽物」を見た。こちらに背を向けて、ゴトゴト言わせつつ、さらに奥へと歩いていた。



俺は、追うスピードを落とした。

曲がり角や廊下の柱等に隠れつつ、「国領教授に扮した何者か偽物」との距離を保って、追跡を続けた。


②向かう先は?


「国領教授に扮した何者か偽物」が高性能な機械であるなら、ちょっとした物音にだって気づく恐れも有る。また、音以外にも、何ら刺激に反応するセンサーを搭載しているかもしれない。例えば、俺が後ろから追うことで生じる空気の揺らぎを感知する機能も有ったり?

分からない以上は、下手な動きはできない。その背を見ながら、緊張感は増した。



それから、「国領教授に扮した何者か偽物」は大学研究棟を出た。

途中で立ち止まったりきょろきょろしたりせず、真っ直ぐに大学キャンパス内を歩く。

おそらく、目的地ははっきりしているのだろう。

俺も大学研究棟を出て、キャンパス内にところどころそびえるイチョウの木に隠れつつ、後ろを追った。



そして「国領教授に扮した何者か偽物」は、大学博物館に到着。表玄関前に立つ。

俺はイチョウの木に隠れて、「国領教授に扮した何者か偽物」は何をするのだろうかと眺めていた。

すると「国領教授に扮した何者か偽物」は、戸締りをしてあるはずの大学博物館表玄関スライド式自動ドアを、手動で押し開けて、中に入って行った。



俺は、ゴトゴト言う音が遠のきそうになった辺りで、イチョウの木を飛び出して、玄関ドアの開いている大学博物館へとそっと入った。


③博物館に何がある?


大学博物館は、表玄関を入ると、真っすぐに廊下は続く。その廊下の先で、ゴトゴトという音は響いていた。

営業時間外でなおかつ夜中である大学博物館内は、当然暗い。基本は暗闇の世界であって、非常口を示す緑の灯りの周囲や消火器の置いてある赤い灯りの周囲のみ、壁や床等は、ぼんやりと浮いている。

ゴトゴト音のする前方に目を凝らしも、「国領教授に扮した何者か偽物」の背中は見えずに、暗闇が口を開けているのみだった。



俺は、日常よく大学博物館を訪れるので、暗くても、どこに何があるか、見当は立てられる。

俺の記憶、非常口等の灯り、時々スマホの灯りを駆使しつつ、「国領教授に扮した何者か偽物」を追った。



しばらくして、ゴトゴト響く足音は、遮られるように減少した。

おそらく、どこかの部屋に入ったのだろう。

では、どの部屋か?俺は記憶を頼る。廊下には、1F展示室への第一入口と第二入口が並ぶ(扉無し)。その先には、階段とスタッフエリアの出入口。

階段を上っている音ではないし、スタッフエリアのドアを開けると開閉音がするはず。「国領教授に扮した何者か偽物」は、おそらく、1Fの展示室に入ったのだろう。

1F展示室は、人類史のフロアだ。展示室や展示室奥に有る収蔵庫に有るものと言えば、人類史関係の史料だ。



やがて、俺は、1F展示室入口にたどり着いた。

展示室入口をくぐると、室内ではゴトゴトという音が響いている。やはりこの1F展示室にいる。



俺は、非常口等の灯りやスマホの灯りを利用しながら、暗い展示室内で、ゴトゴト言う足音を追った。

展示物は、一列に整列配置してある場所も有れば、入り組んで配置してある場所も有る。不用意に歩いていると、展示物にぶつかる恐れも有る。

俺は、スマホの弱い灯りを、床に照らしつつ、慎重に歩いた。ぼんやりと浮かぶ床の端に、猿人復元模型の毛むくじゃらの脚や化石復元模型の白い脚等も浮かんできた。



身長に歩いていると、ふと「国領教授に扮した何者か偽物」の動きで気になることが有った。

俺の進む速さは、暗さや展示物にぶつからないようにとの慎重さ等から、遅くなった。一方、「国領教授に扮した何者か偽物」のゴトゴト言う足音は、迷いもなく一定だった。

それと、「国領教授に扮した何者か偽物」が懐中電灯でも使用していれば、周囲は灯りに照らされて俺にもわかるはずだけど、室内はどこも暗闇だ。

おそらく、「国領教授に扮した何者か偽物」は、暗闇でもものを捉えられるのだろう。

となると、俺に見通せない暗闇から、「国領教授に扮した何者か偽物」は俺を見通せるということか?。

俺の中で、より一層緊張感は高まった。



ごちゃごちゃ思いながら進んでいると、ふと、展示されている旧人の復元模型に触れてしまった。復元模型は揺れる。俺は、さっと血の気が引く思いだった。

ただ目立った音は立っていないし、ゴトゴトいう音はこちらに気にするようなそぶりもなく一定のままだ。



やがて、ゴトゴトいう足音は止まった。

どこに立ち止まった?暗くて見えないが、今俺のいる所から推測すると、1F隅に有る、収蔵庫扉の前だ。

しばらくすると、収蔵庫扉の、特徴的な開閉音がする。

やはり。

でもなぜ、「国領教授に扮した何者か偽物」は収蔵庫に入った?また、なぜ施錠されていない?



疑問に思いつつも、俺は展示物の間を慎重に歩いて、俺もまた収蔵庫の扉の前に立った。


④収蔵庫に何がある?


俺は、収蔵庫の扉に耳を圧し当てた。

金属製のドアに隔てられた向こうで、ゴトゴトいう音が、一定間隔で聞こえる。やはり、「国領教授に扮した何者か偽物」は、収蔵庫内にいた。

収蔵庫内にも、人類史の史料は多々有る。



ただ、俺は、今は収蔵庫に入らないことにした。

収蔵庫扉は、開閉すると特徴的な音を出す。また、収蔵庫内は、棚が何通りにもズラリと並んでいる上に、歩くスペースは非常に狭い。音で気づかれるリスクは高い。

そして、収蔵庫の出入り口はここだけである。「国領教授に扮した何者か偽物」はまた、ここから出てくるはず。



俺は、収蔵庫出入口から斜め前方に少し離れた所に有る展示物に隠れて、出てくるのを待った。待つのみであって、しばし休憩のように、ため息をついた。



息を入れなおし、扉が有るはずの闇をじっと見ていると、ドアノブを回すガチャガチャという音がした。

俺に、緊張感が戻る。身体全てを、展示物に隠れるように潜んだ。

続いて、開く時のきしむ音、閉まった時のガチャンという大きな音が、展示室に響く。

そして、ゴトゴトという足音が、規則的に響きはじめる。

俺は、息すらを止めた。

ゴトゴトいう音が、展示物越しに、俺の目の前を通り過ぎた。

音が一定程度遠のくと、俺は展示物からそろりと飛び出して、音の後を追った。



ゴトゴトいう音は、おそらく、展示室の出入り口に向かっている。来た道を戻っているのだろう。

俺は、来たとき同様、暗闇を記憶と非常灯等の灯りやスマホの灯りを駆使して手探りに進む。

そして、もうすぐ展示室の出入り口というところまで来た。



展示室出入り口を入ってすぐの壁には、非常灯の灯りが設置されている。

俺の居る所から展示室出入口は、非常灯に照らされた薄暗闇の中に、より暗い廊下への口を開けているようにも見える。

薄暗闇に、「国領教授に扮した何者か偽物」の姿は、浮かび上がった。腕に何かを抱えている。おそらく、収蔵庫から持ちだしたものだろう。

そのまま、暗闇の口へと入っていく。



俺は、展示物に隠れながら進むが、「国領教授に扮した何者か偽物」の足音は、壁越しになってボリュームを落とす。もう、部屋を出たようだ。

それなら、俺はもう、隠れる必要はない。展示物の影からそっと飛び出して、出入口へ向かった。



展示室の出入口は、非常灯が薄っすらと照らしている。

俺は、少し気を抜いてしまった。また、手に持っていたスマホを、ポケットに入れつつ歩いた。

その時だ。

歩くために出した脚だが、つま先を通じて脚に重くて固い感触は有って、前進を妨げられたと感じた。同時に「コーン」と金属音は響いて後に、ドタン!と大きな音となった。

消火器を蹴飛ばしてしまったのだった。

不覚だった。非常灯の灯りを、歩くためにとばかりに意識していたため、非常灯の下に消火器が在ることを忘れていた。

暗闇と静寂を乱すような大きな音とともに、俺の血の気は引いた。気づかれたか?



展示室の外で響いていたゴトンゴトンという音は、立ち止まった。

一瞬の間が有って後、ゴトンゴトンという音はまた始まる。足音は、こちらに向かって大きくなっていないだろうか?

混乱しそうな気持を無理やり抑えて、展示室内の奥へと隠れに戻る。


⑤脱出できる?


俺は、展示室奥へと手探りしつつ速足で向かう。

適当なところで、展示物の影にしゃがみ、膝歩きやハイハイをしつつ進んだ。

ゴトンゴトンという音は、展示室内に響きだす。「国領教授に扮した何者か偽物」は、展示室に戻ってきた。



俺は展示室の中程まで来た。ゴトゴトという音は規則的に響く。

俺は、額から汗が流れるのを感じた。見つかってしまうのか?



俺は、展示物の影からそっと、出入口辺りを見る。「国領教授に扮した何者か偽物」は、非常灯に浮かび上がる。また、出入口辺りをウロウロしている。



ただ、緊張感の中で俺のセンス等は研ぎ澄まされたのか、不自然なことにも気が付いた。

もし、「国領教授に扮した何者か偽物」は俺が立てた消火器の音で慌てて戻って来たとして、その割にペースが変わっていない。

もっと思うと、研究棟の廊下を歩く音も大学構内を博物館へと歩く時も、ペースは同じだったと思う。

それだけでは確証を持てないものの、歩くスピードに限界があるのではないか?

俺は、その可能性に賭けて、一つの作戦に出ることにした。



「国領教授に扮した何者か偽物」は、速さに自信が無いのなら、展示室の出入口辺りで俺を待ち構えるだろう。俺を追って展示室の奥まで来れば、速さに勝る俺は、出入口へとダッシュで脱出できる。

とは言え、「国領教授に扮した何者か偽物」は、出入り口付近で待ち構える作戦だと、時間的な限界が有る。夜が明ければ、出勤者も有るのだから。

俺は、忍耐作戦か速さ作戦で、脱出できるはずだ。



俺は、展示室の中央くらいまで来た。なおも展示物の影を膝立ちやハイハイで移動する。同時に、出入口つまり脱出口の位置も確認していた。

ゴトゴトという足音は、展示室に入ってから、動いたり止まったりしている。見当たらない俺を探して、展示物の前後を確認でもしているのだろう。俺からは、遠い位置だ。出入口からも、少しずつ離れていると思う。



それから、目論見通り、俺の居る位置の方が「国領教授に扮した何者か偽物」のゴトゴトという位置よりも、展示室出入口に近くなったと思った。

俺は、展示物の影で膝歩きやハイハイをしつつ、より展示室出入口へと近づいた。

そして、展示室出入口まで一直線のところまで来た。

脱出の時だ。俺は立ち上がった。展示室出入り口に通じる通路へと、飛び出した。

俺の中で緊張感よりも希望が目立っている。



俺が立ち上がると、「国領教授に扮した何者か偽物」は俺に気が付いたようで、暗闇の中でゴトゴトという音が規則的に響きだす。こちらへと向かっているのだろう。

だけど、俺の予想通りだ、俺の方が脚は速い。俺は追いつかれることもなく展示室を出た。



展示室を出ると、廊下の先には、博物館玄関のガラス扉が、構内の灯りで薄明るく闇に浮かんでいる。

俺は、そちらを目指して走った。

また、玄関には、ガラス扉越しに、守衛がこちらに背を向けて立っている。

おそらく、校内を夜警していた守衛は、博物館の玄関が開いていることを不審に思って、警察に通報をして、到着を待っているのだろう。



俺は、ついに、博物館玄関を飛び出した。

そのまま守衛に言った、「不審な者が博物館内にいる」と。

だけど、守衛のその顔…。

隠遁生活者や国領教授と同じだった。ぎこちない表情なのだ。

ぎこちない表情に気づいた俺は、後ずさりをしてしまった。そんな俺に、守衛か守衛に扮した何者か偽物は、ゴトゴト言わせながら俺に向かって歩いて近づいてきた。

俺は、逃れるべく大学キャンパス内を走った。



走りながら思った。なる程と。

博物館が施錠されていないから「国領教授に扮した何者か偽物」は簡単に侵入をできたが、それは守衛等セキュリティ関係者まで「扮した何者か偽物」にされてしまったからだろう。



それでも、「守衛に扮した何者か偽物」も、そんなに移動スピードは速くない。

俺は、追いつかれることもなくて、大学を飛び出して人気のない住宅街を抜けて夜中であれど人のちらほら往来している街までたどり着いた。

往来する者みんな、表情は人間的であり、歩くたびにゴトゴト言わない。

それを見て、俺は、安心の一息をついた。



それから、終電は出ていたので、街に有るホテルに泊まった。


第三章:今まで何をしていた?戻って来た教授|追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】


それから、俺の泊まっているホテルの一室に、何者か押しかけてくることもなく、特に変わったことは起きないまま、朝を迎えた。



とりあえず、大学に行ってみよう。職員も学生もいるので、「扮した何者か偽物」も、派手には動けないだろう。

それでも、当然ながら、俺は警戒心を強く持って出勤した。

まずは大学の校門で、次に大学研究棟に入る時、自分の大学研究室に入る時。それぞれ、強く警戒心を持った。でも、特に変わったことは起きなかった。



俺は、自分の大学研究室のデスクに座って、今後の方針を練った。

「国領教授に扮した何者か偽物」は収蔵庫から何を持ちだしたのか?それを知れば敵の目的もわかるかもしれない。

でも、収蔵庫に近づくことは、さすがにできない。大学博物館の守衛は怪しいからな。では警察に連絡するか?警察にはどう説明する?

また、俺の身に、とりあえず一晩は何も起きていない。断定は早計だが、敵は俺に危害を加えるつもりなら無いと見て良いのか?



そんなことを考えていると、研究室のドアをノックする音が響いた。



返事をして、デスクを立って、迎えのためにドアを開ける。

そこ立って居たのは、国領教授だった。

俺は一瞬、「国領教授に扮した何者か偽物」が現れたと思ってびっくりしたけど、教授の表情は人間的なものに戻っていたし、歩いてもゴトゴトいわない。



研究室に招き入れると、俺は国領教授からいろいろとお礼を言われた。奥さんに、俺が隠遁生活者宅から戻って来ない国領教授のためにいろいろとしてくれたと聞かされたそう。また、教授は「自分は今日まで山で遭難していた」とも言う。

俺はわざと教授に尋ねた、「何日も前から研究室に居たじゃないですか?」と。

国領教授は首をかしげて、「妻も私を『大学の研究室に籠っている』と言っていた。何のことかわからない」と言う。

あくまでも国領教授は、隠遁生活者とともに、昨日まで深い森の中を遭難していたのだと言う。

するとつまり、10日以上も彷徨ったことになる。「その割には元気そうですね」と俺が言うと、国領教授自身もそのことが引っかかっているらしい。



国領教授は自身の記憶を辿りつつ、真剣な深い表情となって言った。

「森を彷徨っていた時の記憶は、飛び飛びだ。

何度か、土の中に引っ張り込まれた気もする。

でもそのたびに記憶が飛んでいるんだ。寝ていたのかな。目覚めると、土の中ではなくて相変わらず森に居る。そしてなぜか、疲れは飛んでいる。何かを食べた気もしないのだけれど、栄養は足りていたように思う」と。また、一緒に居た隠遁生活者も同じことを言っているとのこと。



何にせよ、教授はこうして戻って来たのなら、教授をロボットのようなものとすり替えた何者かの目的は、達成されたのかもしれない。

とすると、俺を襲う者もいないのではないか?

俺は、恐る恐るではあるが博物館収蔵庫に行ってみた。


第四章:冒険の血脈|追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】


①収蔵庫から消えていたもの


博物館収蔵庫に行ってから、変わったことはないかと探ってみた。

すると一か所、棚は空になっている。

ここには何があったかとデータベースを見たものの、消去されていた。



俺は、自分の記憶を頼りに思い出した。この辺りなら化石だったと思う。モグラのような化石だったような、もっと大きい化石だったような。

ざっくりとは、博物館収蔵庫には研究が進展せずに忘れ去られていたようなものも多いけれど、その一つだった気がする。



俺は、モグラのような化石だのとデータベースを探ったり、データベース化をされていない古いレポートを眺めて、モグラのような何らの記述はないか探った。

徐々に、40年前に定年退職をした小岡という教授が、モグラのような腕をした何者かの化石の研究をしていたことは浮かび上がる。

小岡本人の論文ではなくて、周辺に居た教授等のレポート等を読むことでわかった。

その内容は奇妙であって、モグラのような腕をした類人猿の可能性も有る等とあった。

でも、当の小岡本人のレポートや論文は見当たらなかった。もしかすると、「国領教授に扮した何者か偽物」に持ち出されたのかもしれない。

俺は今日はこのくらいにしようと、立ち上がった。


②隠遁生活者との対談


それから何日かして、俺は、隠遁生活者の家にも行ってみた。

家へのアクセスは手間だなと思いつつ、多摩地方の山中を延々と歩いた。そして、小道脇の、小さな階段を見つけた。

階段を上る前に、小道をはさんで向かいのガードレール向こうをみた。森林は茂って、昼間でも薄暗く、遠くまで見通せない。

以前、この森林から奇妙な生物が這い上がってきたのを思い出してみた(「奇妙な化石?或る山奥【コズミックホラー小説】」のこと)。

目の前に広がる森林は、至って静かだった。話し声のようなものもない。



俺は、ガードレールの奥への視線を階段に戻して、上った。

上りつつ、ピンと来た。そうだ、俺が以前見た奇妙な生物の腕、モグラのような腕だった。



その奇怪な一致に、頭は整理しきれずにいた。整理できないまま、玄関にたどりつく。

家の玄関をノックすると、返事の後に隠遁生活者は出てきた。

以前とは違い、もとの人間的表情に戻っていた。歩いても、ゴトゴト音はしない。



隠遁生活者は、俺を応接室のようなところに招き入れた。テーブルに座ると冷たいお茶を運んで来てくれた。

「稲岡君、心配して来てくれたのか?ここ10日間くらい山を遭難していたみたいでね」、隠遁生活者は言った。

俺は、「10日間山を遭難していたのは変ですね。俺は何日か前にこの家に訪れてあなたと会いましたよ」と、わざと言ってみた。

隠遁生活者は、「そうなのか?国領教授も研究室に居たことになっているらしいよね。でも、何のことかわからないんだ」と言う。



このまま話しても進展しないだろうから俺は話題を変えて、「教授に見せたかった化石って何でしょうか?」と尋ねた。

隠遁生活者は至って真面目な表情になって言う、「モグラのような爪をした、類人猿のような化石だった。でも、遭難して戻ってきた時には、どこかに消えた」と。表情は、悔しさを加える。

俺は、収蔵庫のことを思い出す。ここでもまた、モグラのような化石が登場するなんて。



この小屋付近にモグラのような腕をした生物がいること、遭難、「扮した何者か偽物」のモグラのような化石盗み。ここまでの流れからして、隠遁生活者が一人でこの山奥に暮らすのは、危険だろうと思った。


俺は切り出す、

「東(あづま・隠遁生活者)さん、危険じゃないですか?一人でこんな山中で暮らすなんて」、俺は言った。

隠遁生活者はふっと笑ってから、「大丈夫大丈夫」と意に介さないように言った。

俺は強めに言った、「変な生物も見たんですよ」と。

言うと、隠遁生活者の表情は真剣に変わった。もしかしたら、隠遁生活者は謎の生物のことを知っているのかもしれない。



俺は、「奥さんだって、一人で山中に暮らす旦那に怒っているんじゃ」と続けた。

隠遁生活者は口を開いた、「そんなことはない。自由にしていいって言われている」。

隠遁生活者は続ける、「わたしは婿養子なんだけど、婿入りの代わりに、自由に考古学の研究をさせてくれと頼んだ。きちんと働きながらなら構わないよと言ってもらった」と答える。

「この深い山中で、何を研究しようというのですか?」、俺は探るように尋ねた。

隠遁生活者は答える、「稲岡君も見たんじゃないのか?居るかもしれないんだよ、謎の生物、つまり人間のような身体とモグラのような爪を持った生物。わたしは追っている、元多摩文理大学教授小岡の孫として」。

言われた俺は、「国領教授に扮した何者か偽物」の持ちだした化石を発見した人物が、小岡という人であったのを思い出した。

俺は、小岡と隠遁生活者のつながりに驚いたが、同時に、そうと知ったからには、伝えなければならないことも有る。俺は、隠遁生活者に恐る恐る言った、「その化石、最近盗まれたんです。国領教授に扮した何者かに」と。



隠遁生活者は「え?」と驚いたような声を上げてから、一層悔しそうな表情になった。それから、気持ちを整理するためだろう黙った。

そして、しばらくしてしゃべりだした、「いるんだと思う。謎の生物。『国領教授に扮した何者か偽物』はロボットのようなものかもしれないし、私や国領教授が10日程彷徨っていたのに栄養状態に問題ないことや土に引きずり込まれたような記憶のあることを思うと…。謎の生物は、地底に文明を有するに至った可能性もある」と。



俺は、一連の話しをどう解釈すれば良い?

とりあえず、隠遁生活者に尋ねた「東さんは、いつから、その生物の存在を思うようになったのですか?」と。


以上「追跡劇!深夜の博物館【コズミックホラー小説】」。

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